Butterfly KISS

アラサーOLのリアルな日常

食事の時間について思うこと

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こんばんは、ジャスミンです。

 

 

ジャスミンは、「食事の時間」がとても好きです。

 

小さい頃から、「家族は全員揃って食事をするもの」という家庭で、1人で食事をした記憶がほとんどなく、いつも決まった時間に食事が作られていました。

初めて料理を作ったのは9歳の時。卵焼きをたくさん練習しました。

 

18歳で一人暮らしを始めてからは、素材や盛り付けにこだわり始め、

就職してからは幅広いジャンルのお店に外食に行きました。

 

大人になるにつれて食事をご馳走になる機会が増えて、

ある時期を境に、逆にご馳走する場面も増えて来ました。

 

 

本記事では、そんな「食事の時間」について思うことを述べたいと思います。

 

 

 

◆目次◆

 

 

ジャスミン家の食卓

 

ジャスミンの母は料理がすごくうまいわけではないのですが、かならず毎日毎食手料理を作って、冷凍食品やお惣菜が出たことはほとんどありませんでした。

そして食器にもこだわっていました。(食器については過去記事を参照)

家に親戚などが集まり、10人以上で食卓を囲むということもわりと日常茶飯事で、年末年始やゴールデンウィークはその手伝いをしたりしていました。

「みんなで楽しく食事をする」ということに関して、かなり厳しく躾けられた記憶があります。

 

ジャスミン家はわりと食事マナーに厳しい家でした。

姿勢をよくして食べなさい、肘をつかない、膝を立てない、は当然のこと、

箸の持ち方は小学校に上がる前から厳しく指導され、

 

音を立てない、

米は一粒も残さない、

魚の骨はくずさないように食べる、

美味しいと言いながら食べる、

明るい話題を話すこと、

大皿料理は皆が食べれるように気を配る、

食事中に席を立たない、

食事中に鼻をかまない、

 

・・など。

その他にも細かい指導がたくさんありました。

ルールを破った場合、ぶっ飛ばされたこともありました。

 

食器の準備や、食べ終わった食器の片付けも必ず。

家族が多かったのと、ジャスミンは兄弟の一番上(長女)だったので、

弟たちよりも厳しい指導を受けた気がします(笑)

 

それでも、幼少期から厳しくしつけてくれたことには感謝です。

その後の食事マナーでもほとんど困ることがありませんでした。

 

大人になってからの食事

 

ジャスミンは18歳になり、親元を離れて一人暮らしを始めました。

すると、自分1人だけでの食事の時間も増えて、お弁当を作る機会も増えました。

もともと食に興味があり、料理は暇さえあれば作っていたのですが、

栄養や素材の産地、盛り付けについて考え始めたのはこの頃からです。

 

また、先輩や年上のおじさん(←)に、ご飯をご馳走してもらう機会も増えて来ました。20歳になれば、お酒を飲めるお店にもよく行くようになりました。

食のマナーについても本などで学ぶようになりました。

 

おばあちゃんから料理を習ったりもしていました。

そして20代前半は食品会社に勤めていたので、週末は同僚と飲みに行ったり、

お客様の接待で大人数の料理をみんなで作ったり、

食のイベント運営なども10回以上経験しました。

 

会社の社長とその奥様が食器収集が趣味と言うだけあって、お店にはたくさんの食器や酒器、グラスがあり、新商品が入るたびにワクワクしたのを覚えています。

会社の同僚は食通の方ばかりだったので、時々連れて行ってもらうお店がいつも美味しくて素敵で、私もこんな先輩になりたい・・と思ったものです。

 

この10代後半〜20代前半はとても刺激的な食生活を送っていたと思います。

 

 

ご馳走してもらう時に心掛けていること

 

振り返ればジャスミンは18〜24歳くらいまで、年上の人にご馳走してもらう機会がとても多かったのですが、

そのような時は心掛けていることが4つありました。

 

 

①遅刻・ドタキャンをしない

超当たり前のことなのですが(笑)、実はこれができない人が意外と多いのです。

待ち合わせ場所を間違えた、とかも本当はやってはいけないこと。事前に調べておくべきことです。

1度なら仕方ないかもしれませんが、2回以上遅刻・ドタキャンをすると、大抵の人は次回は呼ばれなくなるのをたくさん見て来ました。

 

 

②相手の食の好みとお店のリサーチをする

相手の方の食の好みは事前の会話で把握しておきます。

肉が好き、魚が好き、和食/イタリアンが好き・・など把握しておいて、いざお店でオーダーするときの判断材料にします。

そして相手の方が予約してくれたお店について事前に調べて、

どんなお店なのか、どんなお酒を頼むか、人気商品と変わりダネ、くらいは頭にインプットしてそのお店についてすぐに会話できるように準備していました。

 

 

③食事中は楽しい雰囲気で過ごす

暗い話をしたり、自分のことばかり話すことはしないように気をつけていました。

相手がご馳走してくれることが分かっている時は、相手を立てるような話ができるとベスト。

相手が愚痴を言い始めたら、最後は全てポジティブに持っていく。

食事の時間は穏やかでキラキラした時間であってほしいからです。

 

 

④お会計時、帰り際、次に会った時、3回お礼を言う

お礼は重ね重ね言いなさい、と母に厳しく言われていたので、

お会計の時「ごちそうさまです」

帰り際「今日はとても楽しい時間をありがとうございました」

次に会った時「先日はありがとうございました」

この短いフレーズだけでも、お礼を伝えていました。

 

 

そして上記4つは、今でもご馳走になる時は変わらず心掛けています。

 

 

ご馳走する時に心掛けていること

 

ジャスミンは24歳を過ぎたあたりから、いよいよ自分がご馳走する世代になったなと感じました。

それまでに、たくさんの方にご馳走になってきたからです。

 

仕事でも後輩ができたり、久しぶりに会う後輩とご飯に行く場面が増えてきました。

少しお金に余裕ができて親や弟たちを食事に連れて行ったりし始めました。

また、今までご馳走してもらっていた先輩方を、オススメのお店に自分から誘って連れて行けるようになりました。

 

こちらがご馳走する時に気をつけていることは3つあります。

 

 

①恩着せがましくしない

ご馳走する時は、見返りを期待したり、「ご馳走してやってる」感を出したりしない。

純粋に、その人との時間を楽しむようにしています。

 

②相手の好みを事前にリサーチしておく

これは上述の通り、ご馳走される時も同じなのですが、連れて行きたいと思っている相手の好みを事前に把握しておきます。

どんなお店が好きなのか、お酒は何をよく飲むのか、どんな食べ物が好みなのか、は必ずチェックしておきます。

(できれば、いきなり直接聞くのではなく普段の会話から拾ってメモしておく)

 

③お会計はスマートにする

できるだけ相手に気を使わせないように、相手がトイレに行っている間にお会計を済ませたり、お会計時はお店の外で待ってもらうように促したりします。

後輩から丁重にお礼を言われたら「いつか大切な後輩ができた時にご馳走してあげてね!」と言うようにしています。

先輩や年上の方から丁重にお礼を言われたら「昔たくさんご馳走になりましたし、ほんの恩返しです!」と言うようにしています。

 

 

食事の時間は一生続くもの

 

人は食事をしながら生を繋いでいます。

こんなに食事にバリエーションのある動物も、人間くらいでしょう。

家族や、友人や、同僚、大切な人との食事の時間。

1人で食を探求する時間。

 

もっと美味しいものを食べてみたい。

もっとワクワクするお店を知りたい。

もっと楽しい食事の時間を過ごしてみたい。

 

ジャスミンの食人生はまだまだ道の途中です・・♫

 

 

ジャスミン

 

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ジャスミンの恋愛史 エピソード1(高校編)

 

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こんばんは、ジャスミンです。

 

恋愛について書いた記事がすごく反響があったので、

引き続き恋愛ネタを投下します(笑)

 

なんと今回は、

ジャスミンの恋愛人生初期の頃のエピソード

を語ります!

 

ジャスミン片思いの期限でも書いた通り、長い片思いとか報われない恋というのはしない主義です。

しかし、付き合ってから苦労することは多々ありました。

(今振り返ると全部笑えることなんですけどね)

 

15歳で初めての彼氏ができてからの3年間の軌跡を書きたいと思います。

 

 

それでは、どうぞ!

 

 

♡目次♡

 

 

15歳。初めての彼氏

 

ジャスミンの人生初めての彼氏は、高校入学と同時にできました。

中学の同級生の男の子でした。

Aくんとしましょう。

 

Aくんとは中学の時はそんなに交流もなく、別々の高校に進学したのですが、

ジャスミンの15歳頃って、まだ全員が携帯電話を持っていなかった時代。

ガラケーの2つ折りケータイが主流でした)

中学卒業後にやっとauの2つ折りケータイを親に買ってもらい、わーい!となっていたところ、

ある女友達から「Aくんがジャスミンちゃんのメルアド知りたいって言ってるんだけど、教えてもいい?」と聞かれたのです。

「いいよー!」と答えたらすぐにAくんからメールが来ました。

そうしてメル友になったのです。

 

あ、死語かもしれないので補足しますが、

メルアド・・メールアドレスのこと。

メル友・・メールをする友達のこと。

 

 

当時MSNメッセンジャーというチャットが流行っていて全国知らない人同士でメル友のようなことを毎日やっていたのですが、

Aくんとはそのチャットも毎日していました。

(携帯電話も今のようにLINE無料電話とかなかったので、高い通話料がかかっていた。チャットは無料なのでみんな好んでやっていた)

 

週に3日くらい、学校が終わって帰宅してから19時〜22時くらいまで話していました。

それぞれの高校の話、部活の話、好きな音楽の話など永遠に話題が尽きなかった。

 

チャットを始めて2週間くらい経ったある日、チャット中にAくんから

「今から電話してもいい?」

と言われ、

「え?チャットでいいじゃん」

と言ったら

 

突然自宅の電話が鳴った。

(なんでケータイじゃなかったのか今でも謎w)

 

出たらAくんだった。

 

「あのさ、前から言おうと思ってたんだけど

俺お前のこと好きだわ。

だから付き合ってくれない?」

 

と言われた。

 

(15歳当時のジャスミン心の声)

ギャーーーーーーー!!!!

少女漫画みたいなセリフ!!!最高!!

そんなのYESに決まってるじゃん!!

 

(30歳現在のジャスミン心の声)

セリフはキュンとくるけど今思えばやめときゃよかったな。

このタイミングで選べる男は他にもいたのに。←

 

 

Aくんとはその電話にYESと答えて、3ヶ月付き合いました。

別れてしまった理由は、3ヶ月目のある日、深夜に私の友人(女)と会っていたから。

 

当時のジャスミンピュアで無垢だったので、それって浮気じゃん!!許せん!!となってしまい別れを告げました。

 

この時は「この世の終わり」くらい泣いたなぁ。。笑

今思えば普通に笑えるけど、当時は「初めての彼氏」というものに舞い上がっていたし、それなりに真剣に恋愛していた。

 

やりとりしたメールを保護して毎晩見返したり(←アラサーの女性ならやってたよね!?笑)

最寄駅から一緒に帰る、ほんの1時間のデートがすごくすごく嬉しかったり。

髪型を気にしたり、初めてのメイクに挑戦したり。

繋いだ手の指先が、心臓みたいにドキドキしたり。

 

たった3ヶ月のことでも、なんか甘酸っぱい思い出が鮮明に湧いてくる、笑

 

 

恋に翻弄された、16歳の春

 

Aくんと別れてすぐに新しい彼氏ができたジャスミン

その人とは8ヶ月ぐらい付き合いました。またしても同級生。

 

初めて自転車で二人乗りしたり、

深夜に家を抜け出して公園でデートしたり、

彼の家でDVDを観たり。

 

リュック・ベッソン監督のLEONを初めて観たのもこの時。

今まで1度しか観ていないけど、最初から最後までなぜか鮮明に覚えているんですよね。

 

高校生って、まだほんの10数年しか生きていないし、

しかも物心ついてからはほんの数年。

その数年の「ものさし」でしか物事を受け入れられないじゃないですか。

だから、ほんの小さなことでも大きく感じてしまう。

初めてぶち当たる壁はより衝撃的に覚えている。

皆さんも、そうじゃなかったかしら・・?

 

 

彼との毎日はとても楽しかった。

 

しかし、順調だったのもつかの間。

まさかの友人に略奪されるという経験をしてしまう。

しかも友人と直接対決までしてしまう。

そして闘った結果負けるという結末・・

 

この時もしばらくむせび泣いたなぁ。

部屋で宇多田ヒカルの「誰かの願いが叶うころ」を大音量で聞きながら。

 

あなたへ続くドアが音もなく消えた

誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ 
みんなの願いは同時には叶わない

そのまま扉の音は鳴らない

 

www.youtube.com

 

(16歳当時のジャスミン心の声)

まさか、私の一番近くにいた友人に略奪されるなんて、思わなかった。

なんで気づかなかったんだろう。

あの時、ああしていれば・・こうしていれば・・

 

(30歳現在のジャスミンの心の声)

今思えば、そこまで入れ込むほど大した男ではなかっただろw

早く次行こうぜ!!

 

 

16歳の夏、ハーフの彼氏ができる

 

しばらく恋はいいや・・とか思っていたのもつかの間。

2週間もしないうちに新しい彼氏ができる。←

 

新しい彼氏はなんと、上述のMSNメッセンジャーで知り合った同級生で、同じ地域に住んでいる同い年の男の子でした。

しかもなんとブラジル人とのハーフ。

 

メッセンジャーで知り合ってから1年くらい時々チャットしたり電話したりしていたのですが、略奪された彼氏のことを相談しているうちに、(←あるあるパターンw)

 

「俺、その男と付き合ってる時からジャスミンのこと好きだったんだ。

だから、今日から俺と付き合おう」

 

と言われ、傷心のジャスミンは彼に身を委ねることに・・(←軽っ!w)

それにしても、この告白の言葉、グッとくるなぁー。笑

 

ブラジル人ハーフということもあり、彼はとにかくレディーファースト、

優しすぎるくらい優しい。なんでも私の言う通りにしてくれる。

そして、言葉も大事にする人だった。

毎朝「おはよう、大好きだよ。」

毎晩「おやすみ、愛してるよ。」

デートは毎回奢ってくれて、至れり尽くせり。

なぜか車の運転もできた。(←彼、当時16歳です。謎。)

 

 

・・が、しかし。

 

 

当時16歳のジャスミンには重かった。笑

それは彼のことを大して好きじゃなかったから。(ひどいw)

元彼との恋の傷が癒えるにつれて、ブラジルハーフ彼のことが面倒になってきたジャスミン

3ヶ月後のある日、5時間に及ぶ超〜長電話で別れ話をして、ジャスミンから振りました。

 

(30歳現在のジャスミン心の声)

おいっ!!そんな最高の彼氏、その後なかなか現れなかったんだから、

大事にしとけよーー!!怒

 

別れてから2ヶ月後、ブラジルハーフ彼は突如家庭の事情でブラジルに帰って行きました。

 

「さよなら、ありがとう、忘れないよ、愛してる」という感じのメールが来たのです。

 

え・・?これ、私がもし本気で付き合っていたら、

ブラジルについていくENDもあり得たのか・・?笑

と、当時しみじみ感じました。

 

 

そしてブラジルハーフ彼と別れた1ヶ月後、(←早ぇーよ!!w)

新しい好きな人ができました。

 

 

長くなってきたので、続きますw

 

 

ジャスミン

 

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【祝! 1周年】ハーバリウム教室をやっています

 

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こんばんは、ジャスミンです。

 

ジャスミンはお花や植物やカラフルなものが大好きで、

実はひそかに2017年からハーバリウム教室をやっています。

 

そして、その教室が2年目を迎えることができました〜!

自分に拍手!!笑

 

最初は1年前にふらりと立ち寄った銀座でのハーバリウム体験からハマって、

自分で花材や道具をそろえて趣味で楽しみ始め、

リースを作ってみたりキャンドルにお花を飾り付けてみたり・・

どんどん作品作りにのめり込んでいきました。

 

 

そこからなぜ、教室を開こうと決意したのか?

なぜ、教室を始めて2年目を迎えられたのか?

 

 

本記事ではきっかけから現在までの軌跡を綴りたいと思います♫

 

 

♡目次♡

 

 

STEP1   ハーバリウムとの出会い

 

ジャスミンは、2017年9月に銀座を歩いていた時にチラッと看板が目に入りました。

 

あるカフェの店内で、「ハーバリウムの体験会」の看板(広告?)があり、

「今話題の植物標本、ハーバリウムを作ってみませんか?」と書いてありました。

 

ハーバリウムって、なに??

 

率直な感想です。早速、スマホで検索してみると、

瓶の中にドライフラワーや造花を入れ、そこに専用のオイルを注入したインテリア

と、どのサイトにも書いてあります。

画像を見てみたら・・ジャスミンは「こ、これは!!!」となったのです。

 

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ハーバリウムとはこんな感じのものでした。

(こちらはジャスミンが初期の頃に作ったもの)

 

わー!楽しそう!やりたーい!

となり、早速ハーバリウム体験会を予約。

 

これが、ジャスミンハーバリウムとの出会いでした。

 

 

STEP2   いろいろな教室に通いまくる

 

そして1回目の体験で、ハーバリウムの作品作りにハマってしまったジャスミン

初めて作った作品はこちらです。

 

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この時の作品は母への誕生日プレゼントにしました。

 

その後、様々な教室へハーバリウム体験に行きました。

 

なんと、2ヶ月の間に10箇所近くの教室に行き、20本以上の作品を作り、

そのうち一つの教室でディプロマ資格を取得してしまいました。

(ディプロマ・・教室を開講できる資格)

 

そして、初めて体験をしてから1ヶ月後には教室をやろうと決意し、

2ヶ月後には教室を開いていました。

 

なんというスピード感。笑

ジャスミンは、興味のあることにはとことんのめり込む性格なので、

このハーバリウムは自分の興味にクリティカルヒットしていたのですね。

 

なぜ教室を開こうと思ったのかというと、魅力的な教室が少なかったからです。(爆)

 

お花の種類が少なかったり(3種類しか用意されていない)とか、

値段がびっくりするくらい高くて手が出なかったり(1本4000円とか)、

その割に教室が綺麗じゃなかったり(すごく散らかっていたり汚かったり)、

はたまた先生が魅力的じゃない(金髪ノーメイクにジャージの先生とか)など・・

 

もっともっと、魅力的な教室があればいいのに・・

ん?自分で作っちゃおう!となりました。笑

 

 

STEP3   ハーバリウム教室をひらく

 

ジャスミンは2017年10月にハーバリウム教室を開きました。

・・と言っても、平日はフルタイムで働いていたので、土日限定での開催からスタートしました。

 

前述の通りディプロマ・・教室を開講するための資格を取得したのですが、

実は教室を実際にひらくのは手探りの試行錯誤状態でした。

 

なぜかというと、教室をひらくためのノウハウをきちんと教えてくれる先生が、ほとんどいなかったからです。

理由は様々ですが、協会の縛りであったり、ライバルを増やすことへの危機感、当時はまだ流行り始めたばかりだったことから先駆者が少なく、親切に教えてくれる方はほとんどいなかったのです。

 

ならば!ジャスミンは自由に自分の好きなように教室をやってみよう!

 

と思い、見切り発車でスタートしてしまいました。笑

 

 

まずは、ざっくりとした方向性を決めました。

・基本的に土日開催

・東京と地元長野でのダブル開催

・場所は自宅、1dayレンタルスペース、出張の3種類(店舗は持たない)

・私にしかできない特色を作る(ハープ演奏、材料へのこだわり、空間作りへのこだわり・・など)

 

材料であるお花や瓶の仕入れ、オイルの発注先の選定、広告チラシの作成、値段設定から集客まで、全部1人で試行錯誤しながらやりました。

 

 

 

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こちらが作った広告チラシ。

はじめの頃はPhotoshopで作りましたが、今ではスマホだけで作成しています。

 

 

初めて自分で開催したハーバリウム教室は、レンタルスペースを借りて都内で開催したのですが、

友達や同僚を呼んだらすぐ満席になり楽しんでいただけました。

 

2回目の開催は地元・長野県での開催でしたがこちらも友人たちに声をかけたらすぐに満席になり、自分の中では大成功を収めることができました。

 

そして、あれよあれよと1年が経っていたのです。

 

STEP4   試行錯誤の日々

 

ジャスミンはこの1年間に、8回ハーバリウム教室を開催しました。

ほぼ、毎月1回は開催しています。

個人的にマンツーマンで対応している方を含めると20回を超えています。

体験していただいた人数は40人近くになります。

 

教室としてはぜんぜん小規模ですが、気づいたら2年目になっていました。

自分で始めた教室が1周年を迎えるなんて、人生初の出来事です。

自分でゼロから始めたことが1年も形になっていることに、喜びをかみしめています・・!

 

そして、最近振り返ってびっくりしたのですが、10人以上の方から2回以上リピートされていたのです。多い方は5回も。

だんだん口コミでの紹介のお客様も増えてきました。

 

リピート率を上げることについてはまだまだ勉強中なのですが、

良いお客様に恵まれていることが一つだと思います。

お客様に感謝、感謝です。

 

なぜ私の教室を選んでくださるのか、何が他の教室よりもウケたのか。

私の教室にあって他の教室にはないものを強調していくには何が必要なのか。

リピートしていただくにはどんな工夫が必要なのか。

ずーっと試行錯誤しています。

トライ&エラーを繰り返しています。

 

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キャンドルリースも作れます♫

 

STEP5   今後も続けていきたい!

 

ジャスミンは、自分が作品を作るのももちろん好きですが、

最近は教室に来ていただいた方が楽しそうに作品作りをする姿を見ているのがとても好きだということに気づきました。

 

「ワクワク」や「素敵!」を一緒に共有できる時間を作っていきたい!

を第一に考えています。

 

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ハーバリウムペン(ハーバリウムボールペン)も始めました♫

大人気です♡

 

最近は、ジャスミンにしかできないハーバリウム教室の特色として、

ハープの生演奏も始めました。

趣味で習っているハープですが、作品作り中のBGMとして弾いたりしています。

 

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なんと家には2台のハープがあるので、両方お聞かせすることができます♫

練習にも力が入ります・・!

 

 

都内ですと、目黒区の自宅で主に開催しています。

地元の場合は長野県茅野市の実家で開催しています。

 

2年目からも頑張っていきたいと思います・・♫

 

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生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【後編】

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こんばんは、ジャスミンです。

 

前回の記事「生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【前編】」の続きを書いていきます。

 

序盤はおばあちゃんの生活に沿った内容になっていますが、のちに結婚生活が終わったあと、おばあちゃんはフィーバーします。

 

そして女を謳歌します。

 

それでは、どうぞ!

 

 

♡目次♡

 

おばあちゃんの結婚生活

 

おばあちゃんは19歳で結婚して他県に嫁ぎました。

当時の交通機関で5時間ほどかかる離れた場所へ。

誰も知り合いがいない地へ。

 

おじいちゃんはおばあちゃんの7つ上でした。

おじいちゃん26歳、おばあちゃん19歳で結婚。

お見合いで、親が決めたものです。

 

おじいちゃんの家は大家族。

おじいちゃんの両親と、おばあちゃんと同い年の小姑(おじいちゃんの妹)、おじいちゃんの弟が3人いました。(みんな10代、しかも一番下の弟は11歳だった)

一家の仕事は行商で、おじいちゃんが長男で唯一の稼ぎ手でした。

毎日朝4時に市場へ行って商品を仕入れて、その日のうちに売り歩くという仕事です。

主に生鮮食品を扱い、店舗も持っていたので、昼間はおばあちゃんが店番をしていました。

 

おじいちゃんが家族全員を養う・・当然ながら貧乏、

おじいちゃんの両親は働く気が無く、毎日家でゴロゴロしていて、週末になると2人で映画を観に出かけてしまうような生活をしていたそうです。そしてケチ。

同い年の小姑は性格も顔も悪く、家事もできず、ひたすら花嫁教室に通っていたそうです。

つまり・・・おばあちゃんは、この家の家事全般(料理、洗濯、掃除、雑用)を1人で担うことになりました。

むしろそのために嫁をもらったようなものです。

 

いきなりハードモードすぎませんか??

 

ジャスミンだったらお見合いの時点でソッコー断ります。

無理です。逃げます。

 

おばあちゃんの結婚生活始めの10年はとっても辛く苦しいものだったと、

何度も・・もしかしたら100回近く聞かされたかもしれません。

 

どんな生活だったかというと、

・結婚祝いにもらった上等な反物(着物の生地)を姑と小姑に強奪される

・おばあちゃんは食事なし

・おばあちゃんは許可なしに外出が許されない

・お金は持たせてもらえない(タダ働き)

・家族の行事に参加させない(おばあちゃんだけ留守番)

・寝る場所は台所

・深夜になると姑が寝床を覗きに来る

・姑と小姑からの壮絶なイジメ

・週に一度舅のまつげと鼻毛を抜いてあげる作業(意味不明)

 

いやこれ、3日も持たねえわ。

 

でも、おばあちゃんは必死でその環境に順応しようと努力をしました。

持ち前の愛嬌と明るさで。

幸いにも、おじいちゃんはまともだったようで、「苦労させてごめんな」と言って毎晩こっそり売り物の桃の缶詰をくれて、見つからないようこっそり食べたのだそうです。

いや、おじいちゃんもっと何とかしろよ、って思いましたが、当時は両親の言うことが絶対の時代・・親に逆らうことは許されなかったそう。

そしておじいちゃんは早朝から深夜まで働いているのでほとんど家にいませんでした。

おばあちゃんも、早朝から深夜まで本物の専業主婦をしていました。

 

真冬の氷点下の夜に洗濯板を使って家族7人分の洗濯を死にそうになりながらやった日も多々あったそうです。

ある時は、お店の男性客が細身で巨乳、愛嬌良しのおばあちゃんのことを独身花嫁修業中の小姑だと思い込み交際を申し込んだことがあり、大騒ぎになりました。

気を悪くした小姑からかなりの嫌がらせを受けたといいます。(小姑は当時の年代では巨女165cmで大柄&ブス、嫁の貰い手がなく本当に焦っていた。)

 

でも、希望が生まれました。

結婚して2年後、おじいちゃんとおばあちゃんの間には娘が2人生まれたのです。

家族全員が、その孫を可愛がりました。

 

しかし嫁いびりとハードな毎日は変わらず、

おばあちゃんはこのあとに本当にうんざりしたことが重なり3回家出をしました。

もうだめだ、と思って里帰りしたものの、

おばあちゃんの両親は離婚を絶対に許しませんでした。

なぜなら、おばあちゃんに子供2人を連れて帰って来られても、農家で貧乏だから養えないのです。

当時はバツイチ女性は風当たりも半端なく、離婚は世間的にも許されないものだったらしく、すぐにおじいちゃんの元へ帰されてしまいました。

 

しかし結婚して10年が経ったころ、小姑がようやく嫁いで居なくなりました。

それから、おばあちゃんは少しずつ楽な生活になり、改革を始めました。

 

おばあちゃんの改革と生活の安定

 

おばあちゃんはおじいちゃんのことは、優しかったので好きだったそう。

おじいちゃんは身長が173cmあり、当時の男性の中ではかなりの高身長だったらしいのでそこも好きだったとよく聞きました。笑

おばあちゃんは実は結婚してから少しずつ、おじいちゃんを味方につけるように考えて行動していました。

 

具体的には、おじいちゃんの仕事をサポートする、コミュニケーションをたくさん取る、小さなお願い事を叶えてもらう、自分にできないことはやってもらう、などなど。

少しずつおじいちゃんを頼っていったのですね。

あと、おばあちゃんは褒め力がすごくて、よく男性を立てて褒めていました。

男性は褒められたり頼られると嬉しいものです。おばあちゃんは少しずつ、おじいちゃんの気持ちが自分に向いていくように仕向けたのです。

でも自分の役割(店番、家事)はきっちり果たしていました。

 

おばあちゃんの回顧

「男の人はね、立ててあげて応援していればいいのよ。豚もおだてれば木に登る。あと、見たくないもの(失敗や暴言、浮気)は、片目をつぶること。忘れちゃう。

欲しいものは可愛くお願いするといいわよ。男の人は、簡単よ。

 

豚もおだてれば木に登るというのは比喩で、どんな男性でもきちんと男性として扱えばいいものが返ってくるというおばあちゃんの持論でした。

おばあちゃんはおじいちゃんの弟たちに「姉さん、姉さん」と言われて慕われていました。親戚のおじさんたちにも一目置かれる存在でした。

少しずつ、周りの男性も味方につけていったのですね。

 

そしておじいちゃんには商才があり、行商とお店の売り上げはぐんぐん伸びて行きました。店舗も大きくなりました。

これはおばあちゃんの内助の功も大いに貢献したと思います。

結婚して10年が過ぎ娘たちが中学生になる頃には、家は裕福になっていました。

おじいちゃんは当時日本に数台しかなかった日産スカイラインのケンメリモデルに乗っていました。

娘たちを私立大学へ行かせて、週末は夫婦で他県までドライブ、宝石を買ったりハワイに旅行に行ったりできるように。

 

驚いたエピソードのうち一つは、娘の振袖(100万)を現金一括でポンと買った話。

財布に100万入ってるのがすごいな・・というのと、おじいちゃんがそれに何も言わなかったことに驚きました。

それだけ、おばあちゃんに苦労をかけたという思いと幸せでいて欲しいと思っていたのかもしれません。

 

その頃には、舅と姑は体が弱って来ており、おばあちゃんは少しずつ家の実権を握り始めます。

相変わらず日常は忙しい中、日々に楽しみを見つけ、お金も自由に使いながら、舅と姑の介助まできっちり行う。本物の良妻賢母です。

 

おばあちゃんの回顧

「最初の10年は本当に大変だったわ。でも少しずつ、本当に少しずつ思うように生活できるようになって、嬉しかったわ。」

 

なんという重みのある言葉・・

ジャスミンだったら3日も経たずに逃げ出してしまいます。

 

おじいちゃんが亡くなる

 

しかし幸せもつかの間、おじいちゃんがすい臓がんで急死してしまいました。

おじいちゃん61歳、おばあちゃん54歳。

 

おじいちゃんは死に際におばあちゃんに言いました、

「生まれ変わってもまた一緒になろうな」

 

おばあちゃん「働かない親とたくさんの兄弟がいなかったらいいわよ」

 

超現実的。

でも、おじいちゃんにそこまで言わせるおばあちゃん、すごいな〜と感心しました。

だって恋愛結婚じゃないんですよ!?他人の状態から出会ってお見合い結婚してからの、「生まれ変わっても一緒になろうな」って…!

なかなか簡単に言わせられることじゃない。

 

かくして54歳で未亡人になってしまったおばあちゃん。

 

行商とお店は閉めることになり・・

おばあちゃんはしばらく泣いて落ち込んで、新興宗教にハマりそうになったりしましたが持ち直して、

55歳で車の免許を取ったり、社交ダンスを始めたり、カラオケを楽しんだりし始めました。人前に出るためにおしゃれや美容にもさらに気合が入ったそうです。

 

50代からのモテ期

 

その後たくさんの男性に囲まれる逆ハーレム状態になっていきました。

未亡人ってすごくモテるらしいのです。

男性の「女性を守ってあげたい欲」を刺激するらしいです。

 

周りは同年代の既婚者の50〜70代のおじさんたち。

でも、たいていのおじさんは妻と冷え切った仲になっていました。

家ではエプロン姿の肥えた妻に口うるさく注意されたり、疎まれたりしている中で

50を過ぎてもおしゃれや美容に気を使い、明るく愛嬌のあるうちのおばあちゃんはとても魅力的に見えたのでしょう。

既婚なんておかまいなしに、デートの申し込みが日常茶飯事に。

道を歩けば必ず近所の男性に声をかけられていました。

 

おばあちゃんには何人かお気に入りの彼氏がいました。

ケチだけどいろいろなことを知っていて楽しませてくれる彼氏、

いつも気にかけてくれてドライブに連れて行ってくれる彼氏、

素敵なレストランや旅行に連れて行ってくれる彼氏・・

教習所の教官とデートしていたこともありました。(そんなことってある!?笑)

家にラブレターが届いていたことも。

おばあちゃんは優しくて気配りもできる人だったのでとにかくモテまくりでした。

 

 

そして何より、おばあちゃん自身が恋愛をとても楽しんでいました。だからモテた。

 

ちなみにジャスミンは小学生のときに、おばあちゃんと彼氏がデートしてるのを見たことが多々あり、XXしてるところを見たことも…////

すごくオープンに恋愛や交際をしていましたね。笑

 

 

まとめると、おばあちゃんが男性と関わるときに大事にしていたことは以下3つ。

 

 

①身なりを女性らしくすること

年齢関係なく、おしゃれや美容に気を使うこと。一張羅(いっちょうら、とびきりの勝負服)を持ちなさいとよく言っていました。

たくさんの服や宝石を持つよりも、素材や生地、仕立ても良く、自分に似合うものを厳選して持ちなさいと。

また、化粧品カウンターには定期的に足を運び、じっくり自分に似合う色を選び、トレンドコスメは頻繁にチェックしていました。70歳を超えても、です。

まずは美意識を上げて、男性の目に留まる容姿でいることですね。

 

②男性を立てること

男性を男性として扱うことが大事とよく言っていました。

女は出しゃばらない。綺麗で笑っているだけでいいと。

頼ったり褒めたり、をバランスよくタイミングよくやる。

いつもやるとあなたにゾッコンというのがバレちゃうし、媚びているようでいけないから、よく観察しながらベストタイミングで行うのだそうです。む、難しい…

 

③自分自身が恋愛を楽しむ

相手の男性との1日を自分自身が思いっきり楽しむこと!が良い恋愛の秘訣と言っていました。

笑っていること。自分が我慢したり辛い思いをする恋愛は捨てる。

なんか嫌だわ、と思ったらおばあちゃんは潔く捨てていました。笑

もし突然デートをドタキャンされたら、埋め合わせに豪華なランチに連れて行ってもらう、など必ずプラスに持っていくようにしていました。

彼は忙しいから仕方ない…とか相手に都合のよい解釈はせず、時には自分のワガママを盛り込み、その時は可愛くお願いする♡のが鉄則!だそう。笑

 

おばあちゃんの晩年のことば

 

おばあちゃんは70代を超えた晩年、糖尿病で週3回透析に行っていました。

会うたびに言っていたのは、

 

「こんな体になって、つまらんわ。美味しいもの食べて、楽しいことして、彼氏作ったり、友達と旅行行ったりしたいわ。あとお父さん(おじいちゃん)にも会いたい。なんか楽しいことないかなぁ」

 

そんな中でも、病院の透析室では人気者で、若い男性看護師とおしゃべりするのが好きと言っていました。笑

 

ジャスミンから見たら、おばあちゃんは人生の後半戦はかなり自由に楽しく謳歌しているように思えました。でも、まだまだ足りない、と75歳を過ぎても言っていました。

 

そしてある秋に天に召されました。

 

でもおばあちゃんは天国でおじいちゃんに再会したあと、きっとたくさんの男性に囲まれながら、美味しいもの食べて、楽しく過ごしていると思います。笑

 

ジャスミンは、おばあちゃんみたいに人生を楽しみたいと思っています。

 

 

ジャスミン

 

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生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【前編】

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こんばんは、ジャスミンです。

 

前回から引き続き、恋愛記事です。

 

先日ツイッターでこんなつぶやきをしたところ、

色々な方面から反響がありました。

 

 

なので、早速書いてみました!

ではどうぞ!

 

 

♡目次♡

 

 

おばあちゃんのスペック

ジャスミンのおばあちゃんは、ジャスミンが20代前半の頃に2人とも亡くなってしまいました。

当時はこんな「生涯女だったおばあちゃん」なんて考えもしなかったけど、自分が年齢を経た今、強烈に思うのです。

 

おばあちゃんは恋愛体質だったな。と。

 

ずっと彼氏がいたり、おばあちゃんに惚れているであろう男性が常に複数人いた。

「女であろう」という意識がとても高く、ハード(見た目)はもちろんのこと、ソフト(内面:性格、マインド)の部分も磨いていました。

 

 

今回は、一番たくさん語り合いをした、母方のおばあちゃんについてお話しします。

 

 

ジャスミンは17歳〜23歳の頃、母方のおばあちゃんと過ごす時間が一般よりも多かったと自負しています。

週に3回ぐらいはおばあちゃんの家に行き、お菓子を食べながら3時間ぐらい会話をしていました。時には料理を習ったり。

最後はちょっとボケ始めていたので昔の話を鮮明に話すようになり、何度も同じ話を聞いたことがあります。

 

それでは、まずはおばあちゃんのスペックから!

 

【スペック】

田舎の農家の生まれで5女1男の次女。お父さんは木こり。

女学校を卒業後、16歳で他県に出稼ぎに出て、19歳で結婚。

生鮮食品の個人店(今でいうスーパー)をおじいちゃんと経営。

54歳で未亡人になってからたくさんの彼氏ができる。

男女ともに友達が多く、コミュニケーション能力がかなり高い。

おしゃれ、気配り上手、仕切り上手、甘え上手。

身長156cm(当時の年代では高身長な女性だった)

 

 

♡容姿

おばあちゃんの容姿は、昔の写真を見る限り美人ではありませんでした。

しかしとてつもなく色白で、きめ細かい肌を持っていました。つないだ手がいつもモチモチでスベスベでした。

そして若かりし頃は156cm43kg、だけど巨乳というスタイルで、手足も長かったので周りに羨ましがられたそう。

 

そして、10代の頃は服飾系の仕事をしていたため、ずっとおしゃれでした。

洋服を探しに行くのが大好き、とよく言っていました。

美容院は月に1度は行っていたし、マニキュアもこまめに塗って。

金箔入りの美容液を使っていました。

 

♡性格

性格はおっとりしていて、物腰やわらか。常に優しい。

実は噂話や悪口が大好きでしたが、明るくてユーモアがあるので許されている感じでした。

そして兄弟が多かったせいか、気配り上手で仕切り上手、面倒見もすごく良い。

問題が起こった時、言いたいことをストレートに伝えることはせず、気付いたら相手が希望通りの行動をしていた、みたいなことをやってのける、すごいコミュニケーション能力の持ち主。

女友達もとっても多かったし、いつも輪の中心にいる人でした。

 

つまりまとめると、

美人ではないけどスタイルが良くて、

おっとりしていて優しく、

男女に対してコミュニケーションが上手だった

という感じです。

これは現代でもモテる女性の要素ですね!

 

15歳〜18歳の頃のおばあちゃん

 

おばあちゃんは15歳で女学校(今でいう義務教育)を出た後、就職をします。

家が農家で貧しかったのと、女兄弟が多かったので(姉妹5人)、早く家を出なくてはならなかったのです。

 

地元ではなく隣県で、洋服のショップスタッフとして働くことになりました。

しかも、住み込みで。

住み込み先には、店主のママと子供3人がおり、なぜか私のおばあちゃんがその家庭の料理、洗濯、掃除など全ての家事を担っていたのだそうです。(家政婦みたいな契約だったのかな)

それ以外にも、店番や接客、月に一度の東京への買い付けや洋裁もしていたそうです。

早朝から深夜まで、ものすごく働かされたのだそう。

(16歳でこんな修行、ジャスミンには無理です・・)

 

おばあちゃんはその時に、大人数家庭を捌く家事能力と、人に好かれるコミュニケーション能力を体得したと言っていました。

 

そんな忙しい日々の中、月に1度か2度だけ、しかも昼間だけ、お休みの日があったらしいのですが、

そんな貴重なオフの日は何をしていたかというと

デート

をしていたというのです。

女友達は忙しすぎて全然できなかったので遊べなかったと。

その代わり、近所の男の子や、店番中にナンパしてきた男性とご飯を食べたり、映画を観に行ったりしたそうです。(でもお付き合いはせず)

月に1度のデートの予約は毎月すぐに埋まってしまったのだそう。すげー。笑

しかも、お仕えしている店主のママの息子との結婚話まで持ち上がった(!)

 

おばあちゃんは近所でも色白でスタイルが良くて愛嬌が良いことで評判が高く、すぐに口コミでその噂が広がり、たくさんの男性がおばあちゃんに話しかけにきたのだそう。

 

おばあちゃんの回顧

「わたしゃ、愛嬌があったからね。男の人からはいつも声かけられてた。

年上の女性たちにも気に入られていたから、仕事も楽しかった。

女は愛嬌があれば、なんとかなる」

 

ジャスミン「愛嬌ってどういうこと?」

 

おばあちゃん

「いつも笑ってること、人に優しくあることかな〜。あと何か嫌なこと言われた時、納得できるものは受け入れて、納得できないことはその場では分かりました、と言ってあとで忘れちゃうことだわ。」

 

なるほど、ぐちぐち思い返したりせずに忘れちゃえばいいのか、と思った。(それが難しいんですヨネー)

おばあちゃんは思い返せばかなり楽天的な性格だったなぁ。

文句を言っていても、明るくて朗らかでいつも笑っていました。

そういうところが男性にモテる要素の一つだったと、今は確信しています。

 

19歳、結婚したおばあちゃん

 

そしてお勤めが3年ほど経った頃・・・

 

おばあちゃんにお見合い話が持ち上がりました。

まだ19歳のおばあちゃんでしたが、下にたくさん兄弟がいるので早くお嫁に行かなくてはなりませんでした。

長女であるお姉さんがいましたが、性格も器量も悪かった(ブスだった)ので、なかなか結婚相手が見つからなかったらしく、次女であるおばあちゃんに白羽の矢が立ったのです。(おばあちゃんにとっては赤紙招集だよなぁ・・)

 

そして最初のお見合いで、おばあちゃんはおじいちゃんと出会います。

 

当時(1950年ぐらい)は、24歳ぐらいまでに結婚するのが世間の暗黙の了解だったそうですが、19歳は当時でもかなり早い方だったようです。

おばあちゃんは「いやまだ若いし」と思って難色を示したのですが、

確か親戚の知り合いか誰かが、「XX県の△△さんちに年頃の男がいるから、お見合いどうだ」みたいな感じで親戚の横のネットワークとスピード感がすごく、本人の知らないところで話がトントン進んでいったとか。

 

しかし。

 

相手を選べない時代。親が決めた相手と結婚しなくてはならない時代。

・・・というわけではなかったようなのです。

おばあちゃんの妹たちはみんな都会に就職してから恋愛結婚をしましたし、恋愛から結婚するのが主流になってきていたらしいのですが、おばあちゃんは田舎&農家&兄弟の上の方で早く嫁に行かないといけないからという理由でお見合いするハメになったそうです・・

(農家だったから、嫁に行かない女は「穀潰し」と言われて親からは疎まれ、近所の笑い者になったのだそうです)

 

おばあちゃんは、おじいちゃんからの熱心な口説きと、両親からの後押しがあり、あっさり結婚してしまったのでした。

 

おばあちゃんの回顧

「あの時は急ぎすぎたわ。若くてよくわからんまま結婚しちまったわ。

あの後あんなに苦しい結婚生活が待っていたなんて思わなんだわ。」

 

 

おばあちゃんは生涯離婚はしませんでしたが、3回家出をしています。

 

 

長くなってきたので、後編に続きます☆

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生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【後編】 - Butterfly KISS

 

 

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恋愛の間口を広げよう

 

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こんばんは、ジャスミンです。

 

前回、片思いの期限という恋愛記事を書きましたが、意外にも反響があったので今回も恋愛について書きたいと思います。

 

テーマは、

恋愛の間口を広げよう

です。

 

 

彼氏がいなくて恋活真っ只中だった25歳の頃のジャスミン

ダサくてブスでモテなかった。

そこからの下克上を語ります。笑

恋愛の間口を広げる方法、男性から声のかかる女性になる方法をお伝えします。

 

 

◆目次◆

 

 

①来るものは拒まない

 

まず、前回の記事にも書いた通り、ジャスミンモテない3大要素を所持しています。

①高身長、②大柄、③根暗、です。

身長は170cm、でもモデル体型な訳でもなくむしろ大柄で体脂肪率30%以上、そして1人遊び・1人呑みが好きな根暗な性格。

 

まぁ、モテませんでした。笑

 

それでも、合コンや恋活パーティに行けば高身長デブフェチの男性とか、ロングヘアフェチの男性からはまぁまぁな確率で声がかかりました。笑

(男性の好みの幅って広いですからね。何か一つでも網に引っ掛かればいいようです)

 

そして、とにかく声をかけてくれた男性とは必ず1回はデートしていました。

まずは1回お食事デートなどに行きます。

「好みじゃないから」でシャットアウトしてしまうと恋愛の間口は一気に狭まってしまいます。

 

ブサイクでも、チャラくても、低身長でもなんでも来い!!

実は横顔はイケメンだったり、実はめちゃくちゃ誠実だったり、身長が低くてもスポーツ万能だったり、はたまた実はめちゃくちゃ稼いでたりするので、

第一印象で決めつけてしまうのはナンセンスだと思っているのです。

恋愛の間口を狭めているのは意外にも自分自身の思い込みだったりします。

 

なので、まずは来るもの拒まず応じることが恋愛の間口を広げます。

 

 

②男ウケの良い容姿に仕上げる

 

ジャスミンは25歳当時、超絶にダサかった。

ユニクロジーンズにヨレヨレのニット、靴はペタンコのバレエシューズ。

ぱっつん前髪にバサバサのロングヘア。

メイクもほとんどしていなくて、控えめに言ってブスでした。

 

そんなんでモテようとか思っていたなんて・・・

本当に今考えたら恥ずかし死するレベルだわ。笑

 

男性は、なんだかんだ言ってまずは容姿しか見ていません。

断言します。

はたから見て、女性に見えるかどうか。

特に、自分の好みの女性像にマッチしているかどうかを一瞬で判断します。

多分3秒くらいでジャッジされています。

 

ジャスミンはある時に気付いたのです。

恋活パーティなどで圧倒的に声がかかる女性がいることに。

 

その女性たちはだいたい2種類のタイプのどちらかでした。

A: 顔もスタイルもファッションも全て女性らしくて可愛い&明るい

B: よく見たら全て50点くらいだけど遠目で見ると雰囲気が可愛い

 

Aは研究と努力が必要だからすぐにはなれないけど、

この、Bの女性ならすぐに再現できそうだなと。

 

Bの女性は、よく見ると肌が汚かったり化粧でごまかしていたり(←ひどいw)、全身ユニクロ・109ブランドみたいなファッションだったりするんですけど、

数メートル離れて遠目で見ると石原さとみ」とか「有村架純」っぽいんですよ。

全体的な雰囲気が。

そして、男性はそういう女性を発見したらすぐに口説いていたんです。

やはり一般的な男ウケは、清楚で可愛いなのかーと痛感。

 

逆に男性から声がかからない女性の特徴は、

・とにかく見た目がダサい(ファッション)

・髪の毛がバサバサしていて綺麗じゃない

・ノーメイク

・無表情で楽しくなさそうor男勝りな振る舞い

でした。

そう、当時のジャスミンのことです・・・。

 

 

この事実から学び、

 

なるほどまずは男ウケをおさえればいいんだな・・と。

 

それからジャスミンジーンズとヨレヨレニットを全部捨て、

出会いの場ではスカートもしくはワンピース着用、

髪の毛はぱっつん前髪をやめて横に流し、ツルツルサラサラに仕上げ。

メイクは女子アナっぽさを重視。

本当は根暗でも、第一印象では明るく見えるように振る舞ったところ・・・

 

男性から声をかけられる率が当社比500%くらいになりました。笑

 

男ウケのポイントをおさえるだけで、本当に恋愛の間口が広がります。

 

 

③意中の男性の好みに寄せていく

 

②でお伝えした通り、男性は見た目が好みの女性にはすぐ声をかけます。

 

そして男性は、好みの女性には優しいし甘いです。

ちょっとぐらいのワガママも、聞いてくれたりします。

でも、好みじゃない女性には厳しいです。

時には女性として扱ってくれなかったりします。

それぐらい、男性は視覚優位なのです。

 

できれば優しく扱ってもらいたいですよね!

 

なので、いいなと思った男性が見つかったら、

「どんな女性がタイプか」を聞きます。直球で。笑

出会ってから早い段階でそれを知ることに全力投球します。

 

例えばその男性が「石原さとみがタイプ!」と言ったら、

とにかく自分を石原さとみに寄せていく。

メイク、ファッション、仕草、全部コピーする勢いで。笑

 

ショートヘアが好きというならショートヘアにしてみる、

ロングヘアが好きというならエクステでロングヘアにしてみる、

原宿系ファッションが好きなら原宿系ファッションにしてみる、

お嬢様ファッションが好きならお嬢様ファッションにしてみる、

などなど。

 

研究、研究、研究!です。

 

容姿をその男性の好みに寄せると、その後の恋の主導権も女性が握りやすくなるのは間違いないので、とにかく寄せる。

 

そうすれば、自分が好きになった男性に好きになってもらえる確率がグーンと上がります。

 

(あ、その男性の思い通りの女になる、とはまた違うんですけどね。

そして見た目を整えることは恋愛だけではなく仕事や交友関係にも影響します。

このことについてはまた追って記事にします。)

 

まとめ:まずは自分のダサさを素直に疑うこと

 

手厳しい言い方になりますが、モテない女性はまずなぜ自分がモテないかを詳細に分析するべきなのです。

そして、自分がダサくてブスなのかもしれないということを素直に疑うべきなのです。

かつてのわたしのように・・・

 

どんなダサい女性だったとしても、

この3つを実践するだけで何かしら変化はあるはずです。

 

つまり、恋愛の間口を広げるためには、

男性の目に留まる容姿であること

1回もデートせずに好みではないと決めつけないこと

が大変重要になります。

 

ある程度持モテるようになってくれば、数多くの男性たちの中から最善を選べるようになります。でもそれはモテるようになってから!です。笑

 

しかしジャスミンはこの後、男性から声がかかるようになりましたが、

恋愛につなげることに苦戦します。

次回は、そのことを書きたいと思います。

お楽しみに(!?)

 

 

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スーパーウルトラロングヘアのヘアアレンジ事情

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スーパーウルトラロングヘア(120cm)の、ジャスミンです。

 

もう7年近くロングヘア(スーパーロングヘア)を楽しんでいるジャスミンですが、

ヘアアレンジのレパートリーが少ないことに不満を抱いていました。

 

ネットで「ロングヘア アレンジ」と検索しても、

だいたい胸下あたりのロングヘアまでしか出てきません。

 

わたしみたいな膝裏ロングは、もうヘアアレンジの術がないのか?と絶望していました。

 

しかし!!!

 

鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス(!?)

結構色々なヘアアレンジに挑戦してきたので、

これまでのジャスミンのヘアアレンジの軌跡を紹介しながら、

スーパーロングヘアのアレンジの可能性について語っていきたいと思います。

 

 

♡目次♡

 

 

胸下ロングからのヘアアレンジ

スーパーロングヘアの定義は定かではないのですが、おそらく胸下ロング以上のことを差すと思われます。

つまり、ウエストくらいの位置まで長さがあったらもうそれはスーパーロングの域です。

 

今から6年くらい前、ジャスミンの髪はウエストに到達しました。

スーパーロングの仲間入りです。

 

その頃は、新宿や原宿にできた格安ヘアアレンジサロンが爆発的に流行っていた頃で、

ギャルみたいな盛り髪や、アニメみたいなぶっ飛んだ髪型をオーダーして、だいたい2000円くらいでやってもらえました。

ジャスミンもその頃はまだ20代前半だったので、例に漏れず流行りに乗って、

格安ヘアアレンジサロンに一度行ってみました。

 

その時のヘアアレンジがこちら。

 

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ワォ!すごいね!ギャルみたい。普段は喪女なのに。

たしか、髪を染めたのはこれが最後だった。

 

この頃は、まだそうはいってもウエストぐらいの長さだったので、巻き髪もしやすく、ボリュームの調節もできていました。

でもヘアアレンジは基本的に嫌いだったので、結婚式の参列のときくらいしかやらなかった。(だって後でシャンプーが大変&傷むから)

 

腰上ロングからのヘアアレンジ

20代中盤の頃、ついに腰上ロングになりました。長さでいうと80cmくらい。

 

その頃は、ハロウィンでパリピになるのが流行っていて、こちらも例に漏れず流行りに乗って・・・またしても格安ヘアアレンジサロンでやってもらいました。

 

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ワォ!

プリクラのポーズが若さを感じさせるね☆

たしかこの後、新宿の街へ繰り出しました。

右の写真はストレートで下ろしているとき。

 

腰上ロングになると、美容院の方もだんだん驚きのリアクションをしてきます。

「何年伸ばしてるのー?」

「ショートヘアにする予定はある?」

とか質問攻めに遭い始めたのもこの頃です。

 

エストロングはそこそこの割合でいるようですが、

腰上ロングになると一気に生息数が減ってくるのだそう。

 

尻下ロングからのヘアアレンジ

20代後半に差し掛かった頃、ついに尻下ロングになりました。

長さにして約100cm。

 

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美容院に行くと必ず「切るときはぜひ僕にやらせてください!」とか、「ヘアドネーションにご協力いただけませんか」などと言われるようになり、特に髪型を変える予定がなかったジャスミンは、だんだん美容院から足が遠のいていきました。

美容院は年に1度行くかどうか。

 

なので、仕事中など日常では大きなヘアクリップひとつで髪をまとめたスタイルにしていることが多かったです。

 

↓ 日常のスタイル ↓

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こんな感じ。

電車や移動時に危ないので、下ろしていることは稀で、基本的にまとめていることがほとんどでした。(今でもそうですが)

 

膝裏ロングからのヘアアレンジ

アラサーを謳歌し始めた頃、ついに髪の長さは膝裏へ。

長さにして約120cm。

 2018年9月現在の長さです。

 

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さすがに1年半美容院に行ってないので、毛先がまばらに・・・

近々毛先を揃えようと思っています。

 

この長さになるとどんなヘアアレンジができるかというと・・・

 

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こういう、ラプンツェル風の三つ編みが再現できます。笑 

三つ編みをすると20cmくらい短くなるということを知りました。

このあとは、おしゃれな女子会へ・・♫

 

ヘアアレンジサロンの方には

「過去最高の長さの方の来店です」とか

「髪型どうされます?え?お任せ?ちょっと考えさせてください」と言われること多々。

私はいつも特に希望がないので「じゃあ、お任せで」と言うのですけど。笑

 

今年はそのほかにも、浴衣用のアップヘアや、ダウンスタイルに挑戦してみました。

 

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こんなに長いと逆に髪の毛の存在を忘れてしまうくらいなのですが、

試してみたらいろいろなヘアアレンジができました。

たとえ膝裏ロングになっても、ヘアアレンジは楽しめることが分かりました。

 

今のところバッサリ切る予定はないので、しばらくはこのウルトラロングヘアを楽しむつもりです。

来年あたりにはいよいよ着地も夢じゃない!?(いや目指してはないけど。笑)

 

こんな髪型やってほしい〜!というリクエストがあればぜひ!

 

 

ジャスミン

 

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