生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【前編】
こんばんは、ジャスミンです。
前回から引き続き、恋愛記事です。
先日ツイッターでこんなつぶやきをしたところ、
色々な方面から反響がありました。
わたしの父方母方、両方の祖母は生涯恋愛体質だった。死ぬまで彼氏がいた。
— ジャスミン@ハープ弾き (@jasmin77harp) September 27, 2018
2人とももう亡くなったけど、様々な武勇伝聞いたし、男性を手懐ける方法や、50代過ぎてもモテるコツを生前たくさん聞いて面白かったことを思い出したので、近々ブログに書きます。
なので、早速書いてみました!
ではどうぞ!
♡目次♡
おばあちゃんのスペック
ジャスミンのおばあちゃんは、ジャスミンが20代前半の頃に2人とも亡くなってしまいました。
当時はこんな「生涯女だったおばあちゃん」なんて考えもしなかったけど、自分が年齢を経た今、強烈に思うのです。
おばあちゃんは恋愛体質だったな。と。
ずっと彼氏がいたり、おばあちゃんに惚れているであろう男性が常に複数人いた。
「女であろう」という意識がとても高く、ハード(見た目)はもちろんのこと、ソフト(内面:性格、マインド)の部分も磨いていました。
今回は、一番たくさん語り合いをした、母方のおばあちゃんについてお話しします。
ジャスミンは17歳〜23歳の頃、母方のおばあちゃんと過ごす時間が一般よりも多かったと自負しています。
週に3回ぐらいはおばあちゃんの家に行き、お菓子を食べながら3時間ぐらい会話をしていました。時には料理を習ったり。
最後はちょっとボケ始めていたので昔の話を鮮明に話すようになり、何度も同じ話を聞いたことがあります。
それでは、まずはおばあちゃんのスペックから!
【スペック】
田舎の農家の生まれで5女1男の次女。お父さんは木こり。
女学校を卒業後、16歳で他県に出稼ぎに出て、19歳で結婚。
生鮮食品の個人店(今でいうスーパー)をおじいちゃんと経営。
54歳で未亡人になってからたくさんの彼氏ができる。
男女ともに友達が多く、コミュニケーション能力がかなり高い。
おしゃれ、気配り上手、仕切り上手、甘え上手。
身長156cm(当時の年代では高身長な女性だった)
♡容姿
おばあちゃんの容姿は、昔の写真を見る限り美人ではありませんでした。
しかしとてつもなく色白で、きめ細かい肌を持っていました。つないだ手がいつもモチモチでスベスベでした。
そして若かりし頃は156cm43kg、だけど巨乳というスタイルで、手足も長かったので周りに羨ましがられたそう。
そして、10代の頃は服飾系の仕事をしていたため、ずっとおしゃれでした。
洋服を探しに行くのが大好き、とよく言っていました。
美容院は月に1度は行っていたし、マニキュアもこまめに塗って。
金箔入りの美容液を使っていました。
♡性格
性格はおっとりしていて、物腰やわらか。常に優しい。
実は噂話や悪口が大好きでしたが、明るくてユーモアがあるので許されている感じでした。
そして兄弟が多かったせいか、気配り上手で仕切り上手、面倒見もすごく良い。
問題が起こった時、言いたいことをストレートに伝えることはせず、気付いたら相手が希望通りの行動をしていた、みたいなことをやってのける、すごいコミュニケーション能力の持ち主。
女友達もとっても多かったし、いつも輪の中心にいる人でした。
つまりまとめると、
美人ではないけどスタイルが良くて、
おっとりしていて優しく、
男女に対してコミュニケーションが上手だった
という感じです。
これは現代でもモテる女性の要素ですね!
15歳〜18歳の頃のおばあちゃん
おばあちゃんは15歳で女学校(今でいう義務教育)を出た後、就職をします。
家が農家で貧しかったのと、女兄弟が多かったので(姉妹5人)、早く家を出なくてはならなかったのです。
地元ではなく隣県で、洋服のショップスタッフとして働くことになりました。
しかも、住み込みで。
住み込み先には、店主のママと子供3人がおり、なぜか私のおばあちゃんがその家庭の料理、洗濯、掃除など全ての家事を担っていたのだそうです。(家政婦みたいな契約だったのかな)
それ以外にも、店番や接客、月に一度の東京への買い付けや洋裁もしていたそうです。
早朝から深夜まで、ものすごく働かされたのだそう。
(16歳でこんな修行、ジャスミンには無理です・・)
おばあちゃんはその時に、大人数家庭を捌く家事能力と、人に好かれるコミュニケーション能力を体得したと言っていました。
そんな忙しい日々の中、月に1度か2度だけ、しかも昼間だけ、お休みの日があったらしいのですが、
そんな貴重なオフの日は何をしていたかというと
デート
をしていたというのです。
女友達は忙しすぎて全然できなかったので遊べなかったと。
その代わり、近所の男の子や、店番中にナンパしてきた男性とご飯を食べたり、映画を観に行ったりしたそうです。(でもお付き合いはせず)
月に1度のデートの予約は毎月すぐに埋まってしまったのだそう。すげー。笑
しかも、お仕えしている店主のママの息子との結婚話まで持ち上がった(!)
おばあちゃんは近所でも色白でスタイルが良くて愛嬌が良いことで評判が高く、すぐに口コミでその噂が広がり、たくさんの男性がおばあちゃんに話しかけにきたのだそう。
おばあちゃんの回顧
「わたしゃ、愛嬌があったからね。男の人からはいつも声かけられてた。
年上の女性たちにも気に入られていたから、仕事も楽しかった。
女は愛嬌があれば、なんとかなる」
ジャスミン「愛嬌ってどういうこと?」
おばあちゃん
「いつも笑ってること、人に優しくあることかな〜。あと何か嫌なこと言われた時、納得できるものは受け入れて、納得できないことはその場では分かりました、と言ってあとで忘れちゃうことだわ。」
なるほど、ぐちぐち思い返したりせずに忘れちゃえばいいのか、と思った。(それが難しいんですヨネー)
おばあちゃんは思い返せばかなり楽天的な性格だったなぁ。
文句を言っていても、明るくて朗らかでいつも笑っていました。
そういうところが男性にモテる要素の一つだったと、今は確信しています。
19歳、結婚したおばあちゃん
そしてお勤めが3年ほど経った頃・・・
おばあちゃんにお見合い話が持ち上がりました。
まだ19歳のおばあちゃんでしたが、下にたくさん兄弟がいるので早くお嫁に行かなくてはなりませんでした。
長女であるお姉さんがいましたが、性格も器量も悪かった(ブスだった)ので、なかなか結婚相手が見つからなかったらしく、次女であるおばあちゃんに白羽の矢が立ったのです。(おばあちゃんにとっては赤紙招集だよなぁ・・)
そして最初のお見合いで、おばあちゃんはおじいちゃんと出会います。
当時(1950年ぐらい)は、24歳ぐらいまでに結婚するのが世間の暗黙の了解だったそうですが、19歳は当時でもかなり早い方だったようです。
おばあちゃんは「いやまだ若いし」と思って難色を示したのですが、
確か親戚の知り合いか誰かが、「XX県の△△さんちに年頃の男がいるから、お見合いどうだ」みたいな感じで親戚の横のネットワークとスピード感がすごく、本人の知らないところで話がトントン進んでいったとか。
しかし。
相手を選べない時代。親が決めた相手と結婚しなくてはならない時代。
・・・というわけではなかったようなのです。
おばあちゃんの妹たちはみんな都会に就職してから恋愛結婚をしましたし、恋愛から結婚するのが主流になってきていたらしいのですが、おばあちゃんは田舎&農家&兄弟の上の方で早く嫁に行かないといけないからという理由でお見合いするハメになったそうです・・
(農家だったから、嫁に行かない女は「穀潰し」と言われて親からは疎まれ、近所の笑い者になったのだそうです)
おばあちゃんは、おじいちゃんからの熱心な口説きと、両親からの後押しがあり、あっさり結婚してしまったのでした。
おばあちゃんの回顧
「あの時は急ぎすぎたわ。若くてよくわからんまま結婚しちまったわ。
あの後あんなに苦しい結婚生活が待っていたなんて思わなんだわ。」
おばあちゃんは生涯離婚はしませんでしたが、3回家出をしています。
長くなってきたので、後編に続きます☆
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生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【後編】 - Butterfly KISS
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