Butterfly KISS

アラサーOLのリアルな日常

まつげエクステという整形

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最近ファミマのバターコーヒーにはまっている、ジャスミンです♫

 

ジャスミンは今年の春から、マツエクをつけ始めました。

女性ならほとんどの方が知っているor見たことがあるものだと思いますが、

一応説明させていただくと、まつげエクステの略です。

 

まつげエクステは、まつげの植毛をすることで、

自分の本来のまつげよりも長く!太く!上向きカール!

整形級のまつげが手に入るのです!

 

本記事では、そんなまつげエクステの体験と効能について語ります♫

 

 

♡目次♡

 

 

初めてのマツエク

 

ジャスミンが初めてマツエクを付けたのは、今から7年ほど前、20代前半の頃でした。

当時はマツエクはまだ流行り始めたばかりで、それよりもつけまつげまつげパーマが流行っていました。

 

つけまつげ・・・付けるタイプのまつげ。100均など店でまつげを買う。

まつげパーマ・・・まつげをくるんと上向きにするパーマ。しみて痛い。

 

当時行きつけにしていた美容院で、「マツエク始めました」という看板を見て、

おぉ、やってみよう。

と思い立ち、初めてのマツエク施術を受けました。

 

しかし・・・

当時はまだ技術も現在ほど発達していなかったので、仕上がりはイマイチでした。

お値段も当時はわりと高くて、両目80本で8000円ぐらいしていたと思います。

 

いかにもプラスチック!な合成毛を接着剤で自まつげの根元に接着するので、

見た目に違和感がありまくりでした。

それに、目もなんだか突っ張られる感じでまばたきにも違和感があったので、

結局その時1度限りでやめてしまいました。

 

7年後。再びマツエク

 

初めてマツエクを受けてから7年後。

もうマツエクのことは脳裏から消えて日常を過ごしていましたが、

ジャスミンは再びマツエクをすることに。

なぜなら、ひょんなことからマツエク美容室を開業している方と知り合いになったからです。

 

ある日、初めて入ったカフェでたまたま隣の席にいた女性とおしゃべりが始まり、

その方に「私マツエク美容室をやってるので、もしよかったらいらしてください♫」と言われて名刺をいただきました。

 

その後、その方が私のハーバリウム教室に来てくれたり、

Instagramで交流が続いていたので、その方の施術を一度受けてみたいなぁと思い始めたのです。

 

そして今年の春、ついに7年ぶりにマツエク美容室へ・・・!!

 

 

まずはカウンセリング

 

さぁ、ということでまず始まったのはカウンセリング。

 

初めて受けた7年前は、マツエクの素材や長さも決められており、自分で選ぶものは何もなかったのですが、今回は

 

✔︎素材を選ぶ(シルクorミンクorセーブル)

✔︎長さを1mm単位で選ぶ

✔︎カールの度合いも選ぶ

✔︎なりたい目元のデザインも選べる

 

という、自分好みの目元にできるオーダーが可能になっていたのです!

 

 

マツエクの素材自体はナイロン製なのですが、毛質が3種類あり、

シルク→ミンク→セーブルの順に柔らかく自然な毛質になっていきます。

 

長さも、基本的な長さ(10mmくらい)から1mmずつ長くしていくことが可能。

カールの度合いも、JカールCカールというのが選べて、

Jは緩やかなカールで自然な仕上がり。Cは上向きカールでパッチリした仕上がりに。

 

 

そして一番注目は、なりたい目元のデザインが選べること!!

 

 

例えば、

 

超パッチリ目にしたい場合は・・・

本数は両目120本、毛質はシルクでCCカール、長さは全て自まつげ+5mm

 

切れ長な目にしたい場合は・・・

本数は80本、毛質はミンクでJカール、長さは目尻のみ自まつげ+5mm

 

ナチュラルだけどまつげフサフサに見せたい場合は・・・

本数は80本、毛質はセーブルでJカール、長さは自まつげ+1mm

 

などなど。

選ぶことができるのです。

 

 

ジャスミンは目が一重で丸っこい感じなので、

切れ長でエレガントな目元になってみたい!!

ということで

本数80本、毛質はミンクでJカール、長さは目尻のみ自まつげ+3mm

というオーダーにしてみました♫

ちなみにお値段はこのオーダーで6000円ほどでした。

 

施術時間はカウンセリング含め60分ほど

 

カウンセリングが終わったら、いよいよ施術です。

ベッドに仰向けになり、目元にマスキングテープみたいなものを上下貼られます。

そして目はずっと閉じたままです。

まつげに触られている感触はあるものの、引っ張られたり騒がしかったりということもありません。

 

そのため、すぐに眠くなってくるジャスミン

その間にもサササっとまつげの植毛施術は進んでいきます。

結局何が起こっているかわからないまま、終了まで寝てしまいました。

 

施術時間はだいたいカウンセリング15分、施術45分くらいでした。

 

 

衝撃のビフォーアフター

 

「はい、終わりましたよ〜」

と言われて目を開けます。

手鏡を渡されて、自分の顔を確認。

 

なっ・・なんじゃこりゃぁあ!?

 

施術前とは別人の自分がいました。

 

 

ビフォーアフターの写真はこちらです。

 

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えっ?いやよくわからん・・・

と思われるかもしれませんが、目尻の方!ちょっと長めになっております♫

なんとなく、優しげエレガントな目元になったと思いませんか・・?笑

 

 

ジャスミン的には、

え?これ整形じゃない?

レベルに感じました。

鏡を見るのがちょっと楽しみになって、メイクもいつもとちょっと変えてみたりして、

なんか日常がウキウキに変わったのです。

 

 

ちなみに施術後、どのくらいの持ちかというと、個人差はありますがだいたい1.5ヶ月ぐらいです。(まつげの生え変わりサイクルなどで変わると思います)

 

 

マツエクは女性開花のツールのひとつ♡

 

実はジャスミン、マツエクをつけている女性に対して今まで結構失礼なことを思っていました。

アラサー・アラフォーにもなってマツエクつけてる女性ってなんかイタイな・・・とか、

本数のつけすぎでヤマンバみたいになっている女性、下まつげにつけすぎでタヌキみたいになっている女性を見て心の中で引いたりしていました。(今思えばひどい・・)

 

しかし!!

そんなことはもうどうでもいい!

多分ジャスミンも周りに思われているだろうから。笑

自分がいいと思っていれば、他人にどう思われていてもいい!

 

目元がちょっと理想に近づいただけで、鏡を見るとウキウキして、メイクも頑張っちゃって、ファッションにも気を使い始める。女性であることを楽しめる。

 

そういう気持ちにさせてくれるひとつのツールだなと感じました。

毎日が楽しくなったり、それがキッカケで新しい恋を引き寄せることもあるかもしれません♡

 

もし、まだマツエクが未経験で気になっている方!

思い切ってチャレンジしてみると、美容以外にも手に入るものがあるかもしれませんよ♫

 

 

ジャスミン

 

 

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ジャスミンの恋愛史(番外編)実らなかった恋

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こんばんは、ジャスミンです。

 

 

恋は実らなかったものの方が、記憶に残る。

 

 

これ、ジャスミンの持論なのですが、

恋ってうまくいかないことの方が多いんですよ。

(あ、美人で可愛くて誰もが振り返る女性なら、そんな思いはしたことないのかもしれませんが、、)

 

 

普通の容姿で、恋に興味があって、意中の異性と距離を縮めたいと思った時。

傷つくことを恐れずに行動したことがある方なら、わかるはず。

うまくいかないことの方が多い。

片思いで終わった恋も、両思いから別れてしまった恋も。

 

 

それこそ、例えるなら

就活で100社に応募したけど受からない、

第一希望の会社に入社したのに3ヶ月で解雇、

長年働いてきたのに突然解雇される、

のと似たような思いをしたことも。

 

 

すごく好きでもっと近づきたかったけど全く相手にされない、

たぶん両思いだったのに付き合うには至らなかった、

彼からのアプローチで付き合ったけど彼のことを好きになれない、

自分から好きで付き合い始めたはずなのにすぐに冷めている自分に気付く、

突然別れて欲しいと告げられる、

両思いだった人と死別する・・

 

 

・・いろいろありました。

初めて彼氏ができてから15年の恋愛史を歩んでいますが、

その中でも、特にジャスミンの中で印象に残っているエピソードをお話ししたいと思います。

 

 

◎目次◎

 

 

片思いは片思いのまま

 

高校3年生の夏、なんだか気になるなという男の子ができました。

いつも目で追ってしまう。

100メートル離れていても彼だと分かる。

遠くで彼の声がしてもすぐに分かる。

早々に、これは恋だな・・と自覚しました。

 

しかし、彼には彼女がいました。

ジャスミンの中では、彼女がいる男性や既婚者には手を出さないという鉄のルールがあるため、彼のことが気になりつつも、特になんのアプローチもしませんでした。

そして3ヶ月も片思いをしていられない性分なので(笑)、早々にこの恋は終わってしまいました。

 

でも、こうやって鮮明に覚えているんですよね。

自分がこの恋に対して何もしなかったことへの後悔、でしょうか。

距離を近づけるための努力を、何もしなかった。

だから、綺麗な恋として思い出に残っているのかもしれません。

私の記憶の中では背が高くてかっこよくて、襟足が少し長めの、明るいけど・・どことなく寂しそうな男の子。

その後の彼の動向も知らないので、ずっと綺麗な思い出のままです。

 

 

断ってしまった告白

 

ジャスミンは高校生の時にしていたスーパーでのレジ打ちのバイトで、

衝撃の体験をしました。

ある日、お客さんからラブレターをもらったのです。

若くて可愛い男の子からでした。

 

おそらく歳は私よりも1つか2つ下。

顔を真っ赤にして、

「あっ・・あの、これ読んでくださいっ!」

と言いながら私に手紙を渡して、そそくさとどこかへ行ってしまいました。

 

ラブレターは手書きで、

「いつも頑張っているのを見ていました!

きれいで笑顔が素敵だなと思っていました。

よかったらお友達になってください!」

と書いてあり、彼の携帯メールアドレスが書き添えられていました。

 

えぇっ!こんなことってあるのか?

ラブレターで告白って・・!でも一目惚れならそれしかないのか・・?

でも私に一目惚れ??ん??人違いじゃないか?と思ってしまった。

いや、もしかしたら罰ゲームでやらされたのかもしれない・・(←)

なんて考えていました。

 

その頃ジャスミンは好きな人もいなくてフリーだったのですが、たしか元彼と別れたばかりで傷心な時期でした。

なんとなく、タイミングを逃して結局メールはしませんでした。

 

 

しかし1ヶ月後、なんとその男の子と朝の電車の中でばったり顔を合わせたのです。

 

 

正直一度顔を見合わせただけでほとんど覚えていなかったのですが、あれ?どこかで見たことある男の子・・と思ったら、ラブレターをくれたあの男の子の顔と合致したのです。

もしやあの時の・・・と思っていたら、突然目が合って、向こうは私に気付いたようで恥ずかしそうに目をそらしながら顔を真っ赤にしていました。

 

一瞬、声をかけようかと、頭をよぎりました。

でも声をかけようにも、なんとかけたらよいのやら・・

彼も、2度も話しかける勇気はなかったのかもしれません。

結局、その場でも2人を引き合わせる運命の采配はありませんでした。

 

彼は、同じ最寄駅にある隣の高校のジャージを着ていました。

なので、もしかしたらいつも同じ電車に乗っていて、

途中まで同じ道のりで登校していたかもしれない。

彼は高校生の私とレジ打ちする私、両方を見て、恋に落ちたのかもしれない。

・・そんなことを思うと、なんだかとてももったいないことをしたように思えてきました。

もしかしたら、彼との恋を選んでいたら、一世一代の大恋愛になっていたかもしれないからです。

 

彼はジャスミンが通っていた学区内で一番高い偏差値の高校だったので、逃がした魚は大きかったか・・!?なんてことも思ったり(笑)

 

真相はもう分からないのですけどね。

本当に罰ゲームだったのかもしれない説もあるしね!笑

 

 

次に会うのは50年後

 

もう10年も前の話です。

ジャスミンは20歳の頃、当時は珍しかった通信制大学に通っていました。

当時通っていた大学のカリキュラムの抜け道を使って、なんと3ヶ月で卒業単位を取得するという荒技をやってのけました。(今は制度が変わってできないはずですが)

なので学校に通ったのは3ヶ月だけで、あとは遊び呆けるという不真面目学生をやっていたのですが、同じ大学で知り合ったTくんという同い年の男の子と出会います。

 

その頃、18歳から2年付き合っていた彼氏がいましたが、うまくいかない時期が続き、距離を置こうということで別れていました。

 

 

Tくんとは、その時期から急速に仲が深まっていきました。

 

20歳で同じ通信制大学に通っていて、Tくんも学生生活そっちのけで遊んでいました。

音楽の趣味が合って、夢を語り合ったり、一つのテーマについて延々と議論したり・・

とにかく好きなものと嫌いなものの価値観が合って、何を話してもツーカーな状態でした。

Tくんは帰国子女で英語がペラペラで、学生をしながら翻訳業をしていて、車が大好きで、愛車で毎晩首都高湾岸線を走り抜けている人でした。

私の知らないことをいっぱい知っていました。

 

お互いに惹かれ合っていたけど、特に付き合おうという言葉はなく。

でも毎週のように会って、3日に1度は電話で語り合って、その時のお互いの人生に必要な人だったことは間違いありません。

 

ある日Tくんから、

「もう卒業単位取ったんだったら、残りの時間で海外に行ってみたら?」

と言われました。

 

 

えっ?海外?

当時の私の中にはない選択肢でした。

翌年には 就職することが決まっていました。

 

彼は

「海外を見てくると価値観が広がるよ。今なら、東南アジアとかいいかもね。日本との違いを感じると、良くも悪くも感じることがあるよ。

たくさん時間があるんだし、今しかできない時間の使い方かもよ?」

と言いました。

 

でもなぜか私はその日から、行ってみたい国について調べ始めました。

そして、今でもなぜその選択にしたのか不思議なのですが、

フィリピンに行くことに決めました。

期間は2週間。

 

 

初めての単身での海外渡航

むしろ、最後に海外に行ったのは9歳の時でその時は家族で海外旅行。

1人で、ツアーでもなく、自分でその日何をするか決める2週間の旅。

 

 

出発の日まで、Tくんとはたくさん話しました。

フィリピンから帰ったらどこか旅行に行こう、

好きだよ、とお互いの気持ちを伝え合いました。

 

 

出発する前日、夜中に彼から着信がありました。

でも、眠っていて出られなかった。

まさかそれが最後になるなんて。

 

 

出発当日。

ジャスミンは成田からフィリピンへ旅立ちました。

Tくんに電話しようにも、その頃はLINEもなくてWifi環境も悪く、フィリピンに着いてからどこかネット環境のある場所でメールを打とう、と思っていました。

 

 

全てが初めてだらけの経験。

到着して、荷物を盗まれそうになるハプニング、タクシーにぼったくられるトラブル、中国人に間違われて職質される、ATMでカードが出てこなくなる、帰国前日には交通事故に遭うなどいろいろなことがありました。

 

でも、Tくんの言った通りでした。

海外で異文化に触れること、現地人の価値観に驚いたこと、その土地を知ること、日に日に蓄積されていく新しい知識と体験。

フィリピンの素晴らしい夕焼け・・

 

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(当時のガラケーで撮ったのであまり伝わらないかも・・)

 

 

この旅で得たものはとてつもなく多かった。

今の私の人生にもとても活かされている経験になりました。

 

 

3日に1度はTくんから電話がきていたのですが出発前日の着信以来、連絡が取れていませんでした。

あっという間に2週間が経って、日本に帰国。

この旅の感動を、早くTくんに伝えたい。

成田に着いてすぐに、電話をかけました。

しかし・・

 

”この電話番号は現在使われておりません”

 

というアナウンス。

あれ?おかしいな。携帯変えたのかな。

メールを打っても返事が何日も来ない。

 

帰国して1週間が経った頃、知らない電話番号から電話がかかってきました。

出ると、Tくんの親しい友人という方。

 

「Tの携帯の履歴から、親しそうな方だと思ったのでかけさせてもらいました。

Tは、3週間前に亡くなったんです。

 

・・もう、そのあとは覚えていません。

とにかく泣き叫びました。

Tくんは、ジャスミンがフィリピンに出発した日に亡くなっていました。

 

 

「フィリピンから帰ったら、みやげ話いっぱい聞かせてね」

 

って言っていたのに。

出発前日にくれた着信に気付いていれば、その時電話に出ていれば、未来は変わったのだろうか?

 

この人と永く一緒にいるのかもしれないな、って初めて感じた人だった。

出会ってから最後に会った時まで、たったの半年間。

それでも、彼が私に与えてくれたことは私の人生にとてつもなく影響が大きかったし、今の人生にも活きている。

ここぞという時にエイヤっ!と新しい世界に踏み入れる力をくれたのはTくんだ。

爽やかな笑顔が忘れられない。

20歳の彼と私。今でも鮮明に思い出す。

未だに、彼の誕生日と命日は覚えている。

 

 

次に会えるのは、たぶん50年後くらいかな?

ジャスミンが歳をとって天に召された時。

向こうで会って、まずはフィリピンのみやげ話からしないとね。

 

 

実らなかった恋の方が記憶に残っている

 

冒頭の通り、ジャスミンは実らなかった恋の方がより強く記憶に残っています。

おそらく「後悔」が残っているから。

もっとああしていたら、こうしていれば。違った未来だったのか。

でも ”たら” ”れば” 話をしても仕方ないのです。

今この一瞬、未来は無数だけど選べる”今”は一つだけ。

そして、どんな過程・結果であっても「深い縁がなかった」「別れた」ということは、

それが今世の運命だったのだと思うことにしています。

出会えただけでも儲けものなのかもしれないです。

 

運命は「自分の命を運ぶ」こと。

恋愛に限らずどんなことでも、

より良い未来に向かって、自分で道を切り開いて人生を運んで行きたいですね。

 

 

ジャスミン

 

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ジャスミンの恋愛史 エピソード2(高校編)

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こんばんは、ジャスミンです。

 

 

前回、ジャスミン15歳からの赤裸々な恋愛史を語り始めましたが、

こちらはその続編です!(前回の記事はこちら

 

 

高校入学と同時にできた彼氏は浮気され3ヶ月で別れ、

2人目の彼氏は友人に略奪されて8ヶ月で別れ、

3人目のブラジルハーフ彼氏は愛が重くて3ヶ月で別れました。

 

 

その次に現れた男性とは・・?

 

 

それでは、行きます!

 

 

♡目次♡

 

 

高2の夏の思い出

 

実はジャスミンは、高校1年の終わりからアルバイトをしていました。

近所のスーパーでレジ打ちです。

高校卒業まで続きました。

 

地元では2番目のバリバリ進学校に通っていたのですが、なんと成績は245人中243番という凄惨ぶりで、勉強は早々に諦めていました。笑

高校受験は頑張りましたが、燃え尽き症候群だったのでしょう。(早いw)

 

ということで、熱中できるものないかなぁと探していたところ、中学の同級生でアルバイトを始めた友人がおり、「私もお金を自分で稼いで得たい!」という気持ちからすぐに面接に行き、週4で夕方からアルバイトに精を出し始めました。

高校はアルバイト禁止でしたが、そんなのおかまいなしでした。

今思えば、私って本当、この頃から興味のあることしか熱中できなかったなぁと思います。

 

そんなある日、バイト中にジャスミンは一目惚れをします。

いや、正確には三目惚れか?

週に3回ほど買い物に来る、ある男性のことが目に留まります。

そして彼は必ず私のレジで買い物して行きました。

歳は社会人1年目くらい・・すらっと線が細くて、V6の岡田くん似でした。

 

気づけば、バイトに行くたびにその人に会えるかもしれないということを

ひどく期待して、興奮していました。

 

そしてある日、ジャスミンはとんでもないことを思いつき、実行しました。

 

自分のメールアドレスを書いた手紙をその彼に渡しました。

 

「よろしければお友達から・・」みたいなことを書いたような。うろ覚え。

 

そして、すぐに返事が来ました。

舞い上がったジャスミンは、すぐに近々行われる地元の花火大会に誘いました。

 

しかし、そのあと初回デートでとんでもないことが発覚。

 

外見的に社会人1年目くらいかなと思っていた彼は、実は32歳でした。

しかも、フリーター(週に数回しかバイトに行ってない)でした。

そして、いかに自分の仕事が大変なのか、自分の境遇が不幸なものなのかを私に説いてきた・・

 

え?

 

週5で学校に行って、そのあと週4でバイトしてる私の方がすごいんじゃないか?

と思ってしまった。

 

それに、冷静に考えて16歳の高校生と32歳のフリーターがデートしているのがキモく思えてきました。

 

そのあとも2回ほどデートに誘われてとりあえず行ったのですが、

夢のないおじさんと一緒にいる時間が嫌になり、連絡をしなくなっていきました・・

(自分から声をかけたくせにひどいですが、理想と現実の乖離がすごすぎて)

 

恋心は急速に冷めてゆき、秋の始まりと共に消滅しました。

 

 

一夏の恋、ってやつでした。笑

 

 

高2の秋の終わり、電撃的な一目惚れ

 

↑いやまた一目惚れしたんかいっ!と思われるのは承知なのですが、

32歳フリーターとの恋が終わってからたったの1ヶ月後、

またしても好きな人ができたジャスミン

もう、この頃は暴走列車のように恋をしていました。

スピード超過で脱線して壊れた列車は放置して、すぐさま新しい列車に乗り換えるような・・

失恋した時はこの世の終わりか?ぐらい号泣していたのですが、

それはほんのひととき。いつまでも感傷に浸ることはありませんでした。

 

 

ジャスミンはある日、バイトに行くために高校の最寄りの駅から電車に乗ろうとしていました。

 

その時、いつも同じ時間に同じ車両に乗ってる男の子がいました。

その日は、やけに彼が眩しく見えたのです。

 

ビビビッ

 

ときたジャスミン・・!

背が高くて麒麟の川島似で、物腰が柔らかそうな感じに一目惚れ。

 

その日から、その男の子と、いかにして接点を持つかをずっと考えるようになりました。

授業中もバイト中も、彼のことで頭がいっぱいに。

 

衝撃の出会いから1週間ほどたったある日、私と同じクラスの男子、Hくんとと帰り道が一緒になり、

「いつも乗る時間の電車にさ〜、すごくタイプの男性がいるんだよね。私服だから多分隣の超進学校の高校の子な気がする。歳は同じくらいかなぁ」

なんて話をしながら、駅へ。

 

・・その日も、いつもの定位置に彼が電車待ちをしていました。

 

Hくんに「あっ!あの男の子だよー。かっこいいでしょ?」

と伝えたところ、

 

Hくん「えっ?俺、あいつと友達だよ。

しかも、隣のクラスの奴だぜ?まさかの同じ高校だったな!」

と言われ、

 

ジャスミン「なにーっ!彼のメアド教えて!!今すぐ!!

どうやって接点作ろうか悩んでたけど、あんたが接点になってくれる運命だったのね!早く!早く!」

 

名前はMくんと言うのだそう。

そうして、意中の彼のメアドをGET。

 

・・あの、出会ってから1週間でこのスピード感ですよ?

当時の自分、すげぇ・・と感嘆の声を漏らしてしまいました。

 

 

Mくんへの初メールは確かこんな感じでした。

 

「Hくんからアドレスを教えてもらいました。

隣のクラスのジャスミンと言います。

もしよかったらお友達になってください。」

 

すぐにMくんから返事が来て、他愛ないやりとりが始まりました。

しかし、それではただのメル友になってしまう。

 

ジャスミン次の一手として、

「明日から一緒に下校しませんか?」

と伝え、約束をしました。

なんという肉食。この頃のジャスミンは勢いがありました。

 

そして、あれよあれよとメル友から下校友達になり、

急速に仲を深めていき、ついにジャスミンは電話で告白をします。

 

「あの・・あのね、もう知ってると思うけどMくんのこと好きなんだ!

だから、付き合ってほしいな!」

と言いました。(やけに鮮明に覚えている)

 

返事はOK。

 

12月の初めごろ、ついに彼と付き合えることに・・!!

 

 

高3の春、電撃的に振られる

 

Mくんとのお付き合いは半年続きました。

もう、一目惚れから奇跡的に付き合ったわけですから、ジャスミンが彼にゾッコンな状態でした。

彼もはじめの頃は新鮮だったようでお互いにラブラブな時期を過ごせていましたが、

高校3年に進級したあたりから暗雲が立ち込めてきました。

 

ジャスミンの通う高校はバリバリ進学校

学年の9割以上が大学進学していたので、高2の終わり頃からみんな受験勉強中心の生活にシフトしていきます。

 

ジャスミンは前述の通り早々に勉強への興味を無くしていたので、試験なしで入れる専門学校にでも行こうと思っていました。(なんて親不孝な奴だ・・)

 

でも彼は違いました。もちろん大学進学を目指していて、高偏差値の大学を目標にしていました。

 

そしてある日突然振られました。

 

「受験勉強に集中したいから」と言うのが表向きの理由ですが、本心は今でもわかりません。

ただ、私と別れた1週間後に別の女性と下校を始めたことだけは明らかでした。

まぁつまり・・そういうことです(笑)

 

この時もだいぶ泣いたなぁ。

 

しかしその2ヶ月後、新たにいい感じの男性が現れるのであった。笑

でもその男性とは結局付き合うには至らず。

 

ジャスミンは高校時代の恋愛を終えました。

 

 

まぁ、ここには書ききれないくらい、「実らなかった恋」は他にもたくさんありました。

振り返れば、ジャスミンはなかなかの恋愛体質でありました。笑

 

 

余談(元彼からの復縁依頼)

 

余談ですが、元彼からの復縁依頼と言うのはいつの世も常だと思いますが、ジャスミンもありました。笑

どの彼からなのかは伏せますが、別れて数ヶ月後に

「元気?」

「あの時は俺が悪かったと思って」

「また会わない?」

とかメールがきたり、

駅で待ち伏せされていきなり話しかけられたり、

夜中に突然電話してきて

「やっぱりジャスミンが一番だったんだよぉ!大事にするから!」と泣かれたりしました。

(あ、1人ではなく複数の元彼からですw)

 

 

そんな時ジャスミンがとった行動は・・

 

 

【 無視 】

 

 

女の心は移ろいやすいので。

そんな連絡をしてくる頃にはいつも新しい彼や好きな人がいたし、

終わった恋に執着する男とかダサすぎて目も当てられないw

 

あのね、じゃああの時傷ついたのは誰だったの?

誰のせいで傷ついたと思ってんの?

なんで今大事にするとか言ってるの?

最初から大事にしてろやwww

 

 

って感じです。

女の恋は上書き保存 なので。

元彼のことは基本全員黒歴史だし、思い出してる暇もないくらい

次の恋に夢中なのです。

 

 

・・・ってな感じで、高校生編は終わりです。笑

次回は(大人編)に進みたいと思います!

 

 

 

ジャスミン

 

 

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食事の時間について思うこと

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こんばんは、ジャスミンです。

 

 

ジャスミンは、「食事の時間」がとても好きです。

 

小さい頃から、「家族は全員揃って食事をするもの」という家庭で、1人で食事をした記憶がほとんどなく、いつも決まった時間に食事が作られていました。

初めて料理を作ったのは9歳の時。卵焼きをたくさん練習しました。

 

18歳で一人暮らしを始めてからは、素材や盛り付けにこだわり始め、

就職してからは幅広いジャンルのお店に外食に行きました。

 

大人になるにつれて食事をご馳走になる機会が増えて、

ある時期を境に、逆にご馳走する場面も増えて来ました。

 

 

本記事では、そんな「食事の時間」について思うことを述べたいと思います。

 

 

 

◆目次◆

 

 

ジャスミン家の食卓

 

ジャスミンの母は料理がすごくうまいわけではないのですが、かならず毎日毎食手料理を作って、冷凍食品やお惣菜が出たことはほとんどありませんでした。

そして食器にもこだわっていました。(食器については過去記事を参照)

家に親戚などが集まり、10人以上で食卓を囲むということもわりと日常茶飯事で、年末年始やゴールデンウィークはその手伝いをしたりしていました。

「みんなで楽しく食事をする」ということに関して、かなり厳しく躾けられた記憶があります。

 

ジャスミン家はわりと食事マナーに厳しい家でした。

姿勢をよくして食べなさい、肘をつかない、膝を立てない、は当然のこと、

箸の持ち方は小学校に上がる前から厳しく指導され、

 

音を立てない、

米は一粒も残さない、

魚の骨はくずさないように食べる、

美味しいと言いながら食べる、

明るい話題を話すこと、

大皿料理は皆が食べれるように気を配る、

食事中に席を立たない、

食事中に鼻をかまない、

 

・・など。

その他にも細かい指導がたくさんありました。

ルールを破った場合、ぶっ飛ばされたこともありました。

 

食器の準備や、食べ終わった食器の片付けも必ず。

家族が多かったのと、ジャスミンは兄弟の一番上(長女)だったので、

弟たちよりも厳しい指導を受けた気がします(笑)

 

それでも、幼少期から厳しくしつけてくれたことには感謝です。

その後の食事マナーでもほとんど困ることがありませんでした。

 

大人になってからの食事

 

ジャスミンは18歳になり、親元を離れて一人暮らしを始めました。

すると、自分1人だけでの食事の時間も増えて、お弁当を作る機会も増えました。

もともと食に興味があり、料理は暇さえあれば作っていたのですが、

栄養や素材の産地、盛り付けについて考え始めたのはこの頃からです。

 

また、先輩や年上のおじさん(←)に、ご飯をご馳走してもらう機会も増えて来ました。20歳になれば、お酒を飲めるお店にもよく行くようになりました。

食のマナーについても本などで学ぶようになりました。

 

おばあちゃんから料理を習ったりもしていました。

そして20代前半は食品会社に勤めていたので、週末は同僚と飲みに行ったり、

お客様の接待で大人数の料理をみんなで作ったり、

食のイベント運営なども10回以上経験しました。

 

会社の社長とその奥様が食器収集が趣味と言うだけあって、お店にはたくさんの食器や酒器、グラスがあり、新商品が入るたびにワクワクしたのを覚えています。

会社の同僚は食通の方ばかりだったので、時々連れて行ってもらうお店がいつも美味しくて素敵で、私もこんな先輩になりたい・・と思ったものです。

 

この10代後半〜20代前半はとても刺激的な食生活を送っていたと思います。

 

 

ご馳走してもらう時に心掛けていること

 

振り返ればジャスミンは18〜24歳くらいまで、年上の人にご馳走してもらう機会がとても多かったのですが、

そのような時は心掛けていることが4つありました。

 

 

①遅刻・ドタキャンをしない

超当たり前のことなのですが(笑)、実はこれができない人が意外と多いのです。

待ち合わせ場所を間違えた、とかも本当はやってはいけないこと。事前に調べておくべきことです。

1度なら仕方ないかもしれませんが、2回以上遅刻・ドタキャンをすると、大抵の人は次回は呼ばれなくなるのをたくさん見て来ました。

 

 

②相手の食の好みとお店のリサーチをする

相手の方の食の好みは事前の会話で把握しておきます。

肉が好き、魚が好き、和食/イタリアンが好き・・など把握しておいて、いざお店でオーダーするときの判断材料にします。

そして相手の方が予約してくれたお店について事前に調べて、

どんなお店なのか、どんなお酒を頼むか、人気商品と変わりダネ、くらいは頭にインプットしてそのお店についてすぐに会話できるように準備していました。

 

 

③食事中は楽しい雰囲気で過ごす

暗い話をしたり、自分のことばかり話すことはしないように気をつけていました。

相手がご馳走してくれることが分かっている時は、相手を立てるような話ができるとベスト。

相手が愚痴を言い始めたら、最後は全てポジティブに持っていく。

食事の時間は穏やかでキラキラした時間であってほしいからです。

 

 

④お会計時、帰り際、次に会った時、3回お礼を言う

お礼は重ね重ね言いなさい、と母に厳しく言われていたので、

お会計の時「ごちそうさまです」

帰り際「今日はとても楽しい時間をありがとうございました」

次に会った時「先日はありがとうございました」

この短いフレーズだけでも、お礼を伝えていました。

 

 

そして上記4つは、今でもご馳走になる時は変わらず心掛けています。

 

 

ご馳走する時に心掛けていること

 

ジャスミンは24歳を過ぎたあたりから、いよいよ自分がご馳走する世代になったなと感じました。

それまでに、たくさんの方にご馳走になってきたからです。

 

仕事でも後輩ができたり、久しぶりに会う後輩とご飯に行く場面が増えてきました。

少しお金に余裕ができて親や弟たちを食事に連れて行ったりし始めました。

また、今までご馳走してもらっていた先輩方を、オススメのお店に自分から誘って連れて行けるようになりました。

 

こちらがご馳走する時に気をつけていることは3つあります。

 

 

①恩着せがましくしない

ご馳走する時は、見返りを期待したり、「ご馳走してやってる」感を出したりしない。

純粋に、その人との時間を楽しむようにしています。

 

②相手の好みを事前にリサーチしておく

これは上述の通り、ご馳走される時も同じなのですが、連れて行きたいと思っている相手の好みを事前に把握しておきます。

どんなお店が好きなのか、お酒は何をよく飲むのか、どんな食べ物が好みなのか、は必ずチェックしておきます。

(できれば、いきなり直接聞くのではなく普段の会話から拾ってメモしておく)

 

③お会計はスマートにする

できるだけ相手に気を使わせないように、相手がトイレに行っている間にお会計を済ませたり、お会計時はお店の外で待ってもらうように促したりします。

後輩から丁重にお礼を言われたら「いつか大切な後輩ができた時にご馳走してあげてね!」と言うようにしています。

先輩や年上の方から丁重にお礼を言われたら「昔たくさんご馳走になりましたし、ほんの恩返しです!」と言うようにしています。

 

 

食事の時間は一生続くもの

 

人は食事をしながら生を繋いでいます。

こんなに食事にバリエーションのある動物も、人間くらいでしょう。

家族や、友人や、同僚、大切な人との食事の時間。

1人で食を探求する時間。

 

もっと美味しいものを食べてみたい。

もっとワクワクするお店を知りたい。

もっと楽しい食事の時間を過ごしてみたい。

 

ジャスミンの食人生はまだまだ道の途中です・・♫

 

 

ジャスミン

 

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ジャスミンの恋愛史 エピソード1(高校編)

 

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こんばんは、ジャスミンです。

 

恋愛について書いた記事がすごく反響があったので、

引き続き恋愛ネタを投下します(笑)

 

なんと今回は、

ジャスミンの恋愛人生初期の頃のエピソード

を語ります!

 

ジャスミン片思いの期限でも書いた通り、長い片思いとか報われない恋というのはしない主義です。

しかし、付き合ってから苦労することは多々ありました。

(今振り返ると全部笑えることなんですけどね)

 

15歳で初めての彼氏ができてからの3年間の軌跡を書きたいと思います。

 

 

それでは、どうぞ!

 

 

♡目次♡

 

 

15歳。初めての彼氏

 

ジャスミンの人生初めての彼氏は、高校入学と同時にできました。

中学の同級生の男の子でした。

Aくんとしましょう。

 

Aくんとは中学の時はそんなに交流もなく、別々の高校に進学したのですが、

ジャスミンの15歳頃って、まだ全員が携帯電話を持っていなかった時代。

ガラケーの2つ折りケータイが主流でした)

中学卒業後にやっとauの2つ折りケータイを親に買ってもらい、わーい!となっていたところ、

ある女友達から「Aくんがジャスミンちゃんのメルアド知りたいって言ってるんだけど、教えてもいい?」と聞かれたのです。

「いいよー!」と答えたらすぐにAくんからメールが来ました。

そうしてメル友になったのです。

 

あ、死語かもしれないので補足しますが、

メルアド・・メールアドレスのこと。

メル友・・メールをする友達のこと。

 

 

当時MSNメッセンジャーというチャットが流行っていて全国知らない人同士でメル友のようなことを毎日やっていたのですが、

Aくんとはそのチャットも毎日していました。

(携帯電話も今のようにLINE無料電話とかなかったので、高い通話料がかかっていた。チャットは無料なのでみんな好んでやっていた)

 

週に3日くらい、学校が終わって帰宅してから19時〜22時くらいまで話していました。

それぞれの高校の話、部活の話、好きな音楽の話など永遠に話題が尽きなかった。

 

チャットを始めて2週間くらい経ったある日、チャット中にAくんから

「今から電話してもいい?」

と言われ、

「え?チャットでいいじゃん」

と言ったら

 

突然自宅の電話が鳴った。

(なんでケータイじゃなかったのか今でも謎w)

 

出たらAくんだった。

 

「あのさ、前から言おうと思ってたんだけど

俺お前のこと好きだわ。

だから付き合ってくれない?」

 

と言われた。

 

(15歳当時のジャスミン心の声)

ギャーーーーーーー!!!!

少女漫画みたいなセリフ!!!最高!!

そんなのYESに決まってるじゃん!!

 

(30歳現在のジャスミン心の声)

セリフはキュンとくるけど今思えばやめときゃよかったな。

このタイミングで選べる男は他にもいたのに。←

 

 

Aくんとはその電話にYESと答えて、3ヶ月付き合いました。

別れてしまった理由は、3ヶ月目のある日、深夜に私の友人(女)と会っていたから。

 

当時のジャスミンピュアで無垢だったので、それって浮気じゃん!!許せん!!となってしまい別れを告げました。

 

この時は「この世の終わり」くらい泣いたなぁ。。笑

今思えば普通に笑えるけど、当時は「初めての彼氏」というものに舞い上がっていたし、それなりに真剣に恋愛していた。

 

やりとりしたメールを保護して毎晩見返したり(←アラサーの女性ならやってたよね!?笑)

最寄駅から一緒に帰る、ほんの1時間のデートがすごくすごく嬉しかったり。

髪型を気にしたり、初めてのメイクに挑戦したり。

繋いだ手の指先が、心臓みたいにドキドキしたり。

 

たった3ヶ月のことでも、なんか甘酸っぱい思い出が鮮明に湧いてくる、笑

 

 

恋に翻弄された、16歳の春

 

Aくんと別れてすぐに新しい彼氏ができたジャスミン

その人とは8ヶ月ぐらい付き合いました。またしても同級生。

 

初めて自転車で二人乗りしたり、

深夜に家を抜け出して公園でデートしたり、

彼の家でDVDを観たり。

 

リュック・ベッソン監督のLEONを初めて観たのもこの時。

今まで1度しか観ていないけど、最初から最後までなぜか鮮明に覚えているんですよね。

 

高校生って、まだほんの10数年しか生きていないし、

しかも物心ついてからはほんの数年。

その数年の「ものさし」でしか物事を受け入れられないじゃないですか。

だから、ほんの小さなことでも大きく感じてしまう。

初めてぶち当たる壁はより衝撃的に覚えている。

皆さんも、そうじゃなかったかしら・・?

 

 

彼との毎日はとても楽しかった。

 

しかし、順調だったのもつかの間。

まさかの友人に略奪されるという経験をしてしまう。

しかも友人と直接対決までしてしまう。

そして闘った結果負けるという結末・・

 

この時もしばらくむせび泣いたなぁ。

部屋で宇多田ヒカルの「誰かの願いが叶うころ」を大音量で聞きながら。

 

あなたへ続くドアが音もなく消えた

誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ 
みんなの願いは同時には叶わない

そのまま扉の音は鳴らない

 

www.youtube.com

 

(16歳当時のジャスミン心の声)

まさか、私の一番近くにいた友人に略奪されるなんて、思わなかった。

なんで気づかなかったんだろう。

あの時、ああしていれば・・こうしていれば・・

 

(30歳現在のジャスミンの心の声)

今思えば、そこまで入れ込むほど大した男ではなかっただろw

早く次行こうぜ!!

 

 

16歳の夏、ハーフの彼氏ができる

 

しばらく恋はいいや・・とか思っていたのもつかの間。

2週間もしないうちに新しい彼氏ができる。←

 

新しい彼氏はなんと、上述のMSNメッセンジャーで知り合った同級生で、同じ地域に住んでいる同い年の男の子でした。

しかもなんとブラジル人とのハーフ。

 

メッセンジャーで知り合ってから1年くらい時々チャットしたり電話したりしていたのですが、略奪された彼氏のことを相談しているうちに、(←あるあるパターンw)

 

「俺、その男と付き合ってる時からジャスミンのこと好きだったんだ。

だから、今日から俺と付き合おう」

 

と言われ、傷心のジャスミンは彼に身を委ねることに・・(←軽っ!w)

それにしても、この告白の言葉、グッとくるなぁー。笑

 

ブラジル人ハーフということもあり、彼はとにかくレディーファースト、

優しすぎるくらい優しい。なんでも私の言う通りにしてくれる。

そして、言葉も大事にする人だった。

毎朝「おはよう、大好きだよ。」

毎晩「おやすみ、愛してるよ。」

デートは毎回奢ってくれて、至れり尽くせり。

なぜか車の運転もできた。(←彼、当時16歳です。謎。)

 

 

・・が、しかし。

 

 

当時16歳のジャスミンには重かった。笑

それは彼のことを大して好きじゃなかったから。(ひどいw)

元彼との恋の傷が癒えるにつれて、ブラジルハーフ彼のことが面倒になってきたジャスミン

3ヶ月後のある日、5時間に及ぶ超〜長電話で別れ話をして、ジャスミンから振りました。

 

(30歳現在のジャスミン心の声)

おいっ!!そんな最高の彼氏、その後なかなか現れなかったんだから、

大事にしとけよーー!!怒

 

別れてから2ヶ月後、ブラジルハーフ彼は突如家庭の事情でブラジルに帰って行きました。

 

「さよなら、ありがとう、忘れないよ、愛してる」という感じのメールが来たのです。

 

え・・?これ、私がもし本気で付き合っていたら、

ブラジルについていくENDもあり得たのか・・?笑

と、当時しみじみ感じました。

 

 

そしてブラジルハーフ彼と別れた1ヶ月後、(←早ぇーよ!!w)

新しい好きな人ができました。

 

 

長くなってきたので、続きますw

 

 

ジャスミン

 

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【祝! 1周年】ハーバリウム教室をやっています

 

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こんばんは、ジャスミンです。

 

ジャスミンはお花や植物やカラフルなものが大好きで、

実はひそかに2017年からハーバリウム教室をやっています。

 

そして、その教室が2年目を迎えることができました〜!

自分に拍手!!笑

 

最初は1年前にふらりと立ち寄った銀座でのハーバリウム体験からハマって、

自分で花材や道具をそろえて趣味で楽しみ始め、

リースを作ってみたりキャンドルにお花を飾り付けてみたり・・

どんどん作品作りにのめり込んでいきました。

 

 

そこからなぜ、教室を開こうと決意したのか?

なぜ、教室を始めて2年目を迎えられたのか?

 

 

本記事ではきっかけから現在までの軌跡を綴りたいと思います♫

 

 

♡目次♡

 

 

STEP1   ハーバリウムとの出会い

 

ジャスミンは、2017年9月に銀座を歩いていた時にチラッと看板が目に入りました。

 

あるカフェの店内で、「ハーバリウムの体験会」の看板(広告?)があり、

「今話題の植物標本、ハーバリウムを作ってみませんか?」と書いてありました。

 

ハーバリウムって、なに??

 

率直な感想です。早速、スマホで検索してみると、

瓶の中にドライフラワーや造花を入れ、そこに専用のオイルを注入したインテリア

と、どのサイトにも書いてあります。

画像を見てみたら・・ジャスミンは「こ、これは!!!」となったのです。

 

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ハーバリウムとはこんな感じのものでした。

(こちらはジャスミンが初期の頃に作ったもの)

 

わー!楽しそう!やりたーい!

となり、早速ハーバリウム体験会を予約。

 

これが、ジャスミンハーバリウムとの出会いでした。

 

 

STEP2   いろいろな教室に通いまくる

 

そして1回目の体験で、ハーバリウムの作品作りにハマってしまったジャスミン

初めて作った作品はこちらです。

 

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この時の作品は母への誕生日プレゼントにしました。

 

その後、様々な教室へハーバリウム体験に行きました。

 

なんと、2ヶ月の間に10箇所近くの教室に行き、20本以上の作品を作り、

そのうち一つの教室でディプロマ資格を取得してしまいました。

(ディプロマ・・教室を開講できる資格)

 

そして、初めて体験をしてから1ヶ月後には教室をやろうと決意し、

2ヶ月後には教室を開いていました。

 

なんというスピード感。笑

ジャスミンは、興味のあることにはとことんのめり込む性格なので、

このハーバリウムは自分の興味にクリティカルヒットしていたのですね。

 

なぜ教室を開こうと思ったのかというと、魅力的な教室が少なかったからです。(爆)

 

お花の種類が少なかったり(3種類しか用意されていない)とか、

値段がびっくりするくらい高くて手が出なかったり(1本4000円とか)、

その割に教室が綺麗じゃなかったり(すごく散らかっていたり汚かったり)、

はたまた先生が魅力的じゃない(金髪ノーメイクにジャージの先生とか)など・・

 

もっともっと、魅力的な教室があればいいのに・・

ん?自分で作っちゃおう!となりました。笑

 

 

STEP3   ハーバリウム教室をひらく

 

ジャスミンは2017年10月にハーバリウム教室を開きました。

・・と言っても、平日はフルタイムで働いていたので、土日限定での開催からスタートしました。

 

前述の通りディプロマ・・教室を開講するための資格を取得したのですが、

実は教室を実際にひらくのは手探りの試行錯誤状態でした。

 

なぜかというと、教室をひらくためのノウハウをきちんと教えてくれる先生が、ほとんどいなかったからです。

理由は様々ですが、協会の縛りであったり、ライバルを増やすことへの危機感、当時はまだ流行り始めたばかりだったことから先駆者が少なく、親切に教えてくれる方はほとんどいなかったのです。

 

ならば!ジャスミンは自由に自分の好きなように教室をやってみよう!

 

と思い、見切り発車でスタートしてしまいました。笑

 

 

まずは、ざっくりとした方向性を決めました。

・基本的に土日開催

・東京と地元長野でのダブル開催

・場所は自宅、1dayレンタルスペース、出張の3種類(店舗は持たない)

・私にしかできない特色を作る(ハープ演奏、材料へのこだわり、空間作りへのこだわり・・など)

 

材料であるお花や瓶の仕入れ、オイルの発注先の選定、広告チラシの作成、値段設定から集客まで、全部1人で試行錯誤しながらやりました。

 

 

 

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こちらが作った広告チラシ。

はじめの頃はPhotoshopで作りましたが、今ではスマホだけで作成しています。

 

 

初めて自分で開催したハーバリウム教室は、レンタルスペースを借りて都内で開催したのですが、

友達や同僚を呼んだらすぐ満席になり楽しんでいただけました。

 

2回目の開催は地元・長野県での開催でしたがこちらも友人たちに声をかけたらすぐに満席になり、自分の中では大成功を収めることができました。

 

そして、あれよあれよと1年が経っていたのです。

 

STEP4   試行錯誤の日々

 

ジャスミンはこの1年間に、8回ハーバリウム教室を開催しました。

ほぼ、毎月1回は開催しています。

個人的にマンツーマンで対応している方を含めると20回を超えています。

体験していただいた人数は40人近くになります。

 

教室としてはぜんぜん小規模ですが、気づいたら2年目になっていました。

自分で始めた教室が1周年を迎えるなんて、人生初の出来事です。

自分でゼロから始めたことが1年も形になっていることに、喜びをかみしめています・・!

 

そして、最近振り返ってびっくりしたのですが、10人以上の方から2回以上リピートされていたのです。多い方は5回も。

だんだん口コミでの紹介のお客様も増えてきました。

 

リピート率を上げることについてはまだまだ勉強中なのですが、

良いお客様に恵まれていることが一つだと思います。

お客様に感謝、感謝です。

 

なぜ私の教室を選んでくださるのか、何が他の教室よりもウケたのか。

私の教室にあって他の教室にはないものを強調していくには何が必要なのか。

リピートしていただくにはどんな工夫が必要なのか。

ずーっと試行錯誤しています。

トライ&エラーを繰り返しています。

 

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キャンドルリースも作れます♫

 

STEP5   今後も続けていきたい!

 

ジャスミンは、自分が作品を作るのももちろん好きですが、

最近は教室に来ていただいた方が楽しそうに作品作りをする姿を見ているのがとても好きだということに気づきました。

 

「ワクワク」や「素敵!」を一緒に共有できる時間を作っていきたい!

を第一に考えています。

 

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ハーバリウムペン(ハーバリウムボールペン)も始めました♫

大人気です♡

 

最近は、ジャスミンにしかできないハーバリウム教室の特色として、

ハープの生演奏も始めました。

趣味で習っているハープですが、作品作り中のBGMとして弾いたりしています。

 

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なんと家には2台のハープがあるので、両方お聞かせすることができます♫

練習にも力が入ります・・!

 

 

都内ですと、目黒区の自宅で主に開催しています。

地元の場合は長野県茅野市の実家で開催しています。

 

2年目からも頑張っていきたいと思います・・♫

 

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生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【後編】

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こんばんは、ジャスミンです。

 

前回の記事「生涯女だったおばあちゃんに学ぶ、男性との関わり方【前編】」の続きを書いていきます。

 

序盤はおばあちゃんの生活に沿った内容になっていますが、のちに結婚生活が終わったあと、おばあちゃんはフィーバーします。

 

そして女を謳歌します。

 

それでは、どうぞ!

 

 

♡目次♡

 

おばあちゃんの結婚生活

 

おばあちゃんは19歳で結婚して他県に嫁ぎました。

当時の交通機関で5時間ほどかかる離れた場所へ。

誰も知り合いがいない地へ。

 

おじいちゃんはおばあちゃんの7つ上でした。

おじいちゃん26歳、おばあちゃん19歳で結婚。

お見合いで、親が決めたものです。

 

おじいちゃんの家は大家族。

おじいちゃんの両親と、おばあちゃんと同い年の小姑(おじいちゃんの妹)、おじいちゃんの弟が3人いました。(みんな10代、しかも一番下の弟は11歳だった)

一家の仕事は行商で、おじいちゃんが長男で唯一の稼ぎ手でした。

毎日朝4時に市場へ行って商品を仕入れて、その日のうちに売り歩くという仕事です。

主に生鮮食品を扱い、店舗も持っていたので、昼間はおばあちゃんが店番をしていました。

 

おじいちゃんが家族全員を養う・・当然ながら貧乏、

おじいちゃんの両親は働く気が無く、毎日家でゴロゴロしていて、週末になると2人で映画を観に出かけてしまうような生活をしていたそうです。そしてケチ。

同い年の小姑は性格も顔も悪く、家事もできず、ひたすら花嫁教室に通っていたそうです。

つまり・・・おばあちゃんは、この家の家事全般(料理、洗濯、掃除、雑用)を1人で担うことになりました。

むしろそのために嫁をもらったようなものです。

 

いきなりハードモードすぎませんか??

 

ジャスミンだったらお見合いの時点でソッコー断ります。

無理です。逃げます。

 

おばあちゃんの結婚生活始めの10年はとっても辛く苦しいものだったと、

何度も・・もしかしたら100回近く聞かされたかもしれません。

 

どんな生活だったかというと、

・結婚祝いにもらった上等な反物(着物の生地)を姑と小姑に強奪される

・おばあちゃんは食事なし

・おばあちゃんは許可なしに外出が許されない

・お金は持たせてもらえない(タダ働き)

・家族の行事に参加させない(おばあちゃんだけ留守番)

・寝る場所は台所

・深夜になると姑が寝床を覗きに来る

・姑と小姑からの壮絶なイジメ

・週に一度舅のまつげと鼻毛を抜いてあげる作業(意味不明)

 

いやこれ、3日も持たねえわ。

 

でも、おばあちゃんは必死でその環境に順応しようと努力をしました。

持ち前の愛嬌と明るさで。

幸いにも、おじいちゃんはまともだったようで、「苦労させてごめんな」と言って毎晩こっそり売り物の桃の缶詰をくれて、見つからないようこっそり食べたのだそうです。

いや、おじいちゃんもっと何とかしろよ、って思いましたが、当時は両親の言うことが絶対の時代・・親に逆らうことは許されなかったそう。

そしておじいちゃんは早朝から深夜まで働いているのでほとんど家にいませんでした。

おばあちゃんも、早朝から深夜まで本物の専業主婦をしていました。

 

真冬の氷点下の夜に洗濯板を使って家族7人分の洗濯を死にそうになりながらやった日も多々あったそうです。

ある時は、お店の男性客が細身で巨乳、愛嬌良しのおばあちゃんのことを独身花嫁修業中の小姑だと思い込み交際を申し込んだことがあり、大騒ぎになりました。

気を悪くした小姑からかなりの嫌がらせを受けたといいます。(小姑は当時の年代では巨女165cmで大柄&ブス、嫁の貰い手がなく本当に焦っていた。)

 

でも、希望が生まれました。

結婚して2年後、おじいちゃんとおばあちゃんの間には娘が2人生まれたのです。

家族全員が、その孫を可愛がりました。

 

しかし嫁いびりとハードな毎日は変わらず、

おばあちゃんはこのあとに本当にうんざりしたことが重なり3回家出をしました。

もうだめだ、と思って里帰りしたものの、

おばあちゃんの両親は離婚を絶対に許しませんでした。

なぜなら、おばあちゃんに子供2人を連れて帰って来られても、農家で貧乏だから養えないのです。

当時はバツイチ女性は風当たりも半端なく、離婚は世間的にも許されないものだったらしく、すぐにおじいちゃんの元へ帰されてしまいました。

 

しかし結婚して10年が経ったころ、小姑がようやく嫁いで居なくなりました。

それから、おばあちゃんは少しずつ楽な生活になり、改革を始めました。

 

おばあちゃんの改革と生活の安定

 

おばあちゃんはおじいちゃんのことは、優しかったので好きだったそう。

おじいちゃんは身長が173cmあり、当時の男性の中ではかなりの高身長だったらしいのでそこも好きだったとよく聞きました。笑

おばあちゃんは実は結婚してから少しずつ、おじいちゃんを味方につけるように考えて行動していました。

 

具体的には、おじいちゃんの仕事をサポートする、コミュニケーションをたくさん取る、小さなお願い事を叶えてもらう、自分にできないことはやってもらう、などなど。

少しずつおじいちゃんを頼っていったのですね。

あと、おばあちゃんは褒め力がすごくて、よく男性を立てて褒めていました。

男性は褒められたり頼られると嬉しいものです。おばあちゃんは少しずつ、おじいちゃんの気持ちが自分に向いていくように仕向けたのです。

でも自分の役割(店番、家事)はきっちり果たしていました。

 

おばあちゃんの回顧

「男の人はね、立ててあげて応援していればいいのよ。豚もおだてれば木に登る。あと、見たくないもの(失敗や暴言、浮気)は、片目をつぶること。忘れちゃう。

欲しいものは可愛くお願いするといいわよ。男の人は、簡単よ。

 

豚もおだてれば木に登るというのは比喩で、どんな男性でもきちんと男性として扱えばいいものが返ってくるというおばあちゃんの持論でした。

おばあちゃんはおじいちゃんの弟たちに「姉さん、姉さん」と言われて慕われていました。親戚のおじさんたちにも一目置かれる存在でした。

少しずつ、周りの男性も味方につけていったのですね。

 

そしておじいちゃんには商才があり、行商とお店の売り上げはぐんぐん伸びて行きました。店舗も大きくなりました。

これはおばあちゃんの内助の功も大いに貢献したと思います。

結婚して10年が過ぎ娘たちが中学生になる頃には、家は裕福になっていました。

おじいちゃんは当時日本に数台しかなかった日産スカイラインのケンメリモデルに乗っていました。

娘たちを私立大学へ行かせて、週末は夫婦で他県までドライブ、宝石を買ったりハワイに旅行に行ったりできるように。

 

驚いたエピソードのうち一つは、娘の振袖(100万)を現金一括でポンと買った話。

財布に100万入ってるのがすごいな・・というのと、おじいちゃんがそれに何も言わなかったことに驚きました。

それだけ、おばあちゃんに苦労をかけたという思いと幸せでいて欲しいと思っていたのかもしれません。

 

その頃には、舅と姑は体が弱って来ており、おばあちゃんは少しずつ家の実権を握り始めます。

相変わらず日常は忙しい中、日々に楽しみを見つけ、お金も自由に使いながら、舅と姑の介助まできっちり行う。本物の良妻賢母です。

 

おばあちゃんの回顧

「最初の10年は本当に大変だったわ。でも少しずつ、本当に少しずつ思うように生活できるようになって、嬉しかったわ。」

 

なんという重みのある言葉・・

ジャスミンだったら3日も経たずに逃げ出してしまいます。

 

おじいちゃんが亡くなる

 

しかし幸せもつかの間、おじいちゃんがすい臓がんで急死してしまいました。

おじいちゃん61歳、おばあちゃん54歳。

 

おじいちゃんは死に際におばあちゃんに言いました、

「生まれ変わってもまた一緒になろうな」

 

おばあちゃん「働かない親とたくさんの兄弟がいなかったらいいわよ」

 

超現実的。

でも、おじいちゃんにそこまで言わせるおばあちゃん、すごいな〜と感心しました。

だって恋愛結婚じゃないんですよ!?他人の状態から出会ってお見合い結婚してからの、「生まれ変わっても一緒になろうな」って…!

なかなか簡単に言わせられることじゃない。

 

かくして54歳で未亡人になってしまったおばあちゃん。

 

行商とお店は閉めることになり・・

おばあちゃんはしばらく泣いて落ち込んで、新興宗教にハマりそうになったりしましたが持ち直して、

55歳で車の免許を取ったり、社交ダンスを始めたり、カラオケを楽しんだりし始めました。人前に出るためにおしゃれや美容にもさらに気合が入ったそうです。

 

50代からのモテ期

 

その後たくさんの男性に囲まれる逆ハーレム状態になっていきました。

未亡人ってすごくモテるらしいのです。

男性の「女性を守ってあげたい欲」を刺激するらしいです。

 

周りは同年代の既婚者の50〜70代のおじさんたち。

でも、たいていのおじさんは妻と冷え切った仲になっていました。

家ではエプロン姿の肥えた妻に口うるさく注意されたり、疎まれたりしている中で

50を過ぎてもおしゃれや美容に気を使い、明るく愛嬌のあるうちのおばあちゃんはとても魅力的に見えたのでしょう。

既婚なんておかまいなしに、デートの申し込みが日常茶飯事に。

道を歩けば必ず近所の男性に声をかけられていました。

 

おばあちゃんには何人かお気に入りの彼氏がいました。

ケチだけどいろいろなことを知っていて楽しませてくれる彼氏、

いつも気にかけてくれてドライブに連れて行ってくれる彼氏、

素敵なレストランや旅行に連れて行ってくれる彼氏・・

教習所の教官とデートしていたこともありました。(そんなことってある!?笑)

家にラブレターが届いていたことも。

おばあちゃんは優しくて気配りもできる人だったのでとにかくモテまくりでした。

 

 

そして何より、おばあちゃん自身が恋愛をとても楽しんでいました。だからモテた。

 

ちなみにジャスミンは小学生のときに、おばあちゃんと彼氏がデートしてるのを見たことが多々あり、XXしてるところを見たことも…////

すごくオープンに恋愛や交際をしていましたね。笑

 

 

まとめると、おばあちゃんが男性と関わるときに大事にしていたことは以下3つ。

 

 

①身なりを女性らしくすること

年齢関係なく、おしゃれや美容に気を使うこと。一張羅(いっちょうら、とびきりの勝負服)を持ちなさいとよく言っていました。

たくさんの服や宝石を持つよりも、素材や生地、仕立ても良く、自分に似合うものを厳選して持ちなさいと。

また、化粧品カウンターには定期的に足を運び、じっくり自分に似合う色を選び、トレンドコスメは頻繁にチェックしていました。70歳を超えても、です。

まずは美意識を上げて、男性の目に留まる容姿でいることですね。

 

②男性を立てること

男性を男性として扱うことが大事とよく言っていました。

女は出しゃばらない。綺麗で笑っているだけでいいと。

頼ったり褒めたり、をバランスよくタイミングよくやる。

いつもやるとあなたにゾッコンというのがバレちゃうし、媚びているようでいけないから、よく観察しながらベストタイミングで行うのだそうです。む、難しい…

 

③自分自身が恋愛を楽しむ

相手の男性との1日を自分自身が思いっきり楽しむこと!が良い恋愛の秘訣と言っていました。

笑っていること。自分が我慢したり辛い思いをする恋愛は捨てる。

なんか嫌だわ、と思ったらおばあちゃんは潔く捨てていました。笑

もし突然デートをドタキャンされたら、埋め合わせに豪華なランチに連れて行ってもらう、など必ずプラスに持っていくようにしていました。

彼は忙しいから仕方ない…とか相手に都合のよい解釈はせず、時には自分のワガママを盛り込み、その時は可愛くお願いする♡のが鉄則!だそう。笑

 

おばあちゃんの晩年のことば

 

おばあちゃんは70代を超えた晩年、糖尿病で週3回透析に行っていました。

会うたびに言っていたのは、

 

「こんな体になって、つまらんわ。美味しいもの食べて、楽しいことして、彼氏作ったり、友達と旅行行ったりしたいわ。あとお父さん(おじいちゃん)にも会いたい。なんか楽しいことないかなぁ」

 

そんな中でも、病院の透析室では人気者で、若い男性看護師とおしゃべりするのが好きと言っていました。笑

 

ジャスミンから見たら、おばあちゃんは人生の後半戦はかなり自由に楽しく謳歌しているように思えました。でも、まだまだ足りない、と75歳を過ぎても言っていました。

 

そしてある秋に天に召されました。

 

でもおばあちゃんは天国でおじいちゃんに再会したあと、きっとたくさんの男性に囲まれながら、美味しいもの食べて、楽しく過ごしていると思います。笑

 

ジャスミンは、おばあちゃんみたいに人生を楽しみたいと思っています。

 

 

ジャスミン

 

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